3-4 竜の夜



「怪我のある者はこちらへ!ウチのアルテが治療を行う!」
「一番治療が必要なのは貴女だろ! エルザさん!」
「私も加勢するよ! 蛇姫ラミアのシェリアも忘れないでね!」
 本来ならば今頃優勝記念に盛大な宴会を開いているのだろうなぁ、と考えながら怪我人の手当てを急ぐ。まさかこんなことになろうとは誰も思うまい。王都にドラゴンが襲来するなんて。
 大魔闘演武最終日はフィールドがクロッカス市街地であったため医療班である私も特に気張ることなく医務室で待機していた。戦闘に巻き込まれる可能性や、私が戦闘に加担する可能性があるとの判断を下されたため、市街地に待機するわけにはいかなかったのだ。つまり優勝ギルドが決定するまで出番が無い。だから手に汗握りながら、それでいてのんびりと自分のギルドを応援し、妖精の尻尾フェアリーテイルの優勝に(一人ではあるが)小躍りで喜んでいたというのに……いきなり部屋に飛び込んできた王国兵に「これよりドラゴンとの戦闘が行われます! 急ぎ準備し魔導士の回復を!」なんて言われて熱も冷めやらぬままに中央広場に連行されるとは夢にも思わなかった。いや「ドラゴンとの戦闘」って何だ、何なんだ。国王からの命令だし、すぐに先程まで闘っていた大魔闘演武出場者と他のメンバーが集結したことからもそれは決して胡乱なものではないことは確かなのだが。そして国王直々にその旨のお願いがあればもう疑うことも諦めるしかない。
「お前無理すんなよ?」
「そっくりそのまま返すぞグレイ、傷と魔力の回復ができても身体疲労は取れないんだからな」
 兎にも角にもエルザさんを手当した後、周囲へ供給の管を伸ばし常に魔力供給を発動させながら、順にシェリアと分担して治療を行っていく。一度に供給ができるのは十人が今のところ限界らしい。
「……グレイ、君とても良い闘いっぷりだったな。かっこよかったぜ」
「お、おう」
「あー! やっぱり恋敵じゃないですかー! グレイ様も照れないでください!」
「ジュビアも忘れてないぞ。連携技で撃破なんてロマンじゃないか」
 緊張感がないなぁという周囲からの視線には鈍感さを発揮しておく。グレイとジュビアの連携には流石、と舌を巻く他なかったし、正直ずっと見たいと思っていたバトルスタイルを見ることができたのだ。氷の造形魔法と水魔法。ここまで相性の良い二人もいないだろうし。こんなことにならなければ考えつく限りの言葉で二人を褒めちぎっていた。
「他に傷のある者はおらんか!」
 傷が塞がっただけだというのに、エルザさんはそう言って怪我人を探して私とシェリアの元へ連れてくる。どうして魔導士というものは傷を隠したがるのか。どうせ言わないだろうからととりあえず有無を言わさずラクサスを治療したものの他にもそんな人は多く……まあ私自身ずっと医務室に籠もっていたし素性が知れないということもあるのだろうが。
「大丈夫だエルザさん、一応周囲の奴らの傷は塞いだし……」
「ふ、腕を上げたなアルテ」
「私も修行したからな!」
 エルザさんに認められると、なんだか修行の甲斐もあったなあという気分になる。もちろんエルザさんのためだったわけではないのだが……やはり強い人に褒められるのは気持ちいいことだ。というか、あまり人に褒められたことのない人生だったから、特に嬉しいのかもしれない。

 □□□□□

「行くぞォ!ドラゴン狩りだっ!」
 ナツの声が頭上から響く。滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーは、その名の通りドラゴンを滅する者。たとえ戦ったことがなくとも、戦闘経験はなくともその魔法は有効であるはずなのだ。扉から表れたドラゴンは七頭、ナツの言葉によれば滅竜魔導士はアルテの知らない者を含めて八人いるはずだ。だとすれば、アルテの取るべき行動はウェンディの援護だ。ウェンディもアルテと同じで戦闘に慣れてはいない、けれどそれぞれ補う形で闘えたのなら、一人分くらいにはなるはずだと考えたのである。
「ウェンディ……」
 ウェンディは王宮付近にいるはずだ、と目星をつけアルテは走り出す。そこであればミラジェーンもルーシィも、更には王国兵もいるだろうから戦術も十分に練ることができる。さてどのようなドラゴンが相手かによるが……とアルテが考え始めたところで、王宮の方から聞こえてきたのは男性の叫び声、それも複数。一体何が、と無い体力を振り絞って駆けてみれば。
「な、何だこの……これ……何……?」
 そもそも、アルテは冷静な方だ。顔に表情が出ないことでそれがより強調されるが、本来あまり動じる方ではない。その彼女が慌てるのは余程理解できない光景を目の当たりにしたときくらいだ―例えば、小隊一つ分の男たちが素っ裸で逃げ惑っているだとか。
「アルテさん!」
「ウェンディ! ええと……何はともあれ援護に来た!」
「なんだ、またマズそうな人間が増えたか」
 アルテの登場に、兵隊たちの服を消してしまったドラゴンであるジルコニスは片目を細めながらそうぼやいた。アルテは女ではあるものの、痩せぎすなのでジルコニスからは食料としてみられなかったらしい。
「ああ話の途中であったな。そうだ、ドラゴンは皆魔法を使える」
「ッ、ルーシィ!」
 フッ、とジルコニスは軽く息を吐いた。それがルーシィに向かっていると判断したアルテは彼女に飛びついて突き飛ばした。タネを明かせばただ服を消す魔法なのだが、アルテはそれを知らなかったのだ。アルテの体は氷でできている。多少、普通の肉体よりは無理が効く。
「ム。お前ではない」
 しかしアルテの咄嗟の判断も、ドラゴン相手には敵わない。もう一度ルーシィ目掛けて息を吹きかけられてしまえば、
「いやあああああっ!」
「服が」
「人間の尊厳を奪う類のな」
 ニタアと下卑た笑みを浮かべてジルコニスはアルテたちを見下ろしていた。ウェンディはそれにも怯まず立ちはだかる。そうか、さっき逃げ惑っていた兵士はこのドラゴンの魔法で。自らの体を見ながら納得したアルテはしかし、周囲に何も体を隠せるものがないのでとりあえず体表だけを氷のように変化させた。面倒臭がるガジルに頼み込んで教えてもらっておいて良かった。彼のように腕だけ武器にするのはあまり得意ではないけれど、体表、見た目だけならば問題はない。
「私の使う魔法は、あなたを倒す魔法です」
「我を倒す魔法だと? 我がこの娘を喰うより先に我を倒せるか?」
 ジルコニスはそう嘲笑って、服を失い慌てふためくルーシィをガシリと掴んで遊ぶように挑発している。
「ルーシィを解放しろスケベ野郎!」
 一触即発ともとれるその状態に一石を投じたのはアルテだった。そう叫んでジルコニス目掛けて咆哮ブレスを放つ。魔力にものを言わせる攻撃だけは得意であったので、的の大きいドラゴン相手であるならばアルテも比較的闘いやすかった。それに今は王国兵もいない。
「ぐ、滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーか……しかし人間、それも女というものは裸であることがかなりの弱体条件だと思っていたが?」
「私にニンゲンの通常動作を求めたのが間違いだ」
攻撃力強化アームズ速度上昇バーニア付加エンチャント。倒します」
 アルテが素裸で去勢を張っている間に、ウェンディが付加エンチャントを使いミラジェーンとアルテを強化する。
「接続……連結ソイェディニャツ
 アルテもそれに乗じ、ウェンディとミラジェーンの二人と自らの魔力炉を連結した。ウェンディとアルテの弱点は戦闘経験の少なさと戦闘力、即ち攻撃を的確に当てる技術やスピードの低さである。そこを補い合うことで対処をすることにしたのである。
「小賢しいわっ!」
 やっと整えた戦闘態勢を、子供が積み木を崩すように、軽く吠えただけでジルコニスはアルテたちを吹き飛ばしてしまった。その隙に飛び上がり、魔導士の手が届かないところでルーシィを喰らう算段らしい。
 接収テイクオーバーを発動したミラジェーンと、シャルルによって抱えられたウェンディはそれを追って上空へと飛んでいった。アルテといえば追いかける手段もないので二人が心おきなく魔法を使えるようにサポートしながら、近くにいたヒスイ姫やユキノを、先程上空を舞うドラゴンが産み落としていった小型のドラゴンから守ることにしていた。大きい敵を相手取るのと同じように、アルテは大量の敵を相手取るのも得意だった。つまり、とにかく咆哮ブレスを考えなしに発動すれば済む話であればお任せあれ、ということだ。
 しかし、アルテは今裸で戦っている。彼女はさも問題ないように振る舞っているし実際彼女の体は見た目も氷になっている。羞恥心の有る無しを表情で判断されないのは役得だなとまで考えていた、のであるが。バチ、と視界の端を雷光が掠め、ジルコニスの腹に直撃する。
「簡単に素肌を晒すような女とは思わなかったな」
「ラクサス」
 アルテの直感どおり、表れたのはラクサスだった。受け持っていたドラゴンをナツが味方につけたため、こちらの応援に来たという次第だった。
「君、いつから私の認識を子供から女に変えたんだ?」
 売り言葉に買い言葉、背後でギチギチと歯を鳴らすほど好戦的な声で詰ってくるラクサスにアルテはそんな返事をした。正直勝てるかどうかわからない戦の最中、こんな茶番じみたやりとりの一つでも交えて笑い飛ばさなければやっていく気もしなかった。
「それ着てろ」
 バサリ、といつも彼が肩に掛けているガウンがアルテへ投げて寄越される。素直にありがとう、と小声で礼を言い羽織ったものの、アルテには大きすぎて袖も裾も余っておりもはや引きずるほどであったが、それでもアルテはかなり心の平穏を保つことができていた。体表を氷に変更したままでは肉体の柔軟性が失われてしまう。つまり、例えば瓦礫の直撃で真っ二つ、なんてことにもなりかねない。
 ドシン、と盛大な地響きを伴いジルコニスは地に降り立った。ルーシィを投げ飛ばしてしまったために飛ぶ必要がないと考えてのことだろう。
 次いで地面に降りてきたミラジェーン、ウェンディ、シャルルと共に目の前の巨躯を睨みつけた。どうしようか、とアルテは考える。滅竜魔法のみが効くのであれば、滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーが対処するしかない。幸いここには三人もいる。あの分厚い鱗を突き抜ける攻撃も、ラクサスならば可能だろう。しかし先程自分とウェンディの浴びせた魔法は効いていたものの、軽く傷を負った程度であった。一撃必殺を狙ってはいけない相手であることは間違いない。それならば、体内を攻撃するのはどうだろうか。内臓まで強固な生物もそうはいないはずだ。鬼が腹の中を針で刺されて降参したと遠い東の話でもあったはずだ。あの口に向かって、さも死神の接吻の如く咆哮ブレスを放つことができれば。
「アルテさん!」
 デカブツと侮っていたジルコニスの素早さは予想を超え、牙がアルテの目前に迫る。回避は不可能。けれど願ってもない、とアルテはウェンディの悲痛な叫びに耳を塞ぎながら自らその口に飛び込むことにした。まずは口内を凍らせ足場を作り、それから喉奥へと一気に咆哮ブレスを放つ。よし、いける。しかしその思考はごぎん、と鈍い音に遮られた。
「あ、?」
 アルテが音の方を見やればジルコニスの牙が、胸を貫通していた。どぶ、と体中氷であるはずのアルテから血液が溢れているあたり、心臓は無事でないらしい。つまり。
「アルテ!」
 アルテの唯一の急所が、弾けていたのだ。魔水晶ラクリマが損壊したことで回復魔法も使えず機能が停止し、身体の端から元の氷に戻っていく。あっけない、幼馴染に出会ってやっと幸せになれそうな、これからってところだったのにな、と走馬灯をみる暇もなく、アルテの意識は消失していった。 

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -