3-3 ジレンマ



 ざわざわ、がやがや。いつものギルドと変わらない騒がしさだが、ちょっとだけ違うのは水の音がやけにする点だろうか。
「着いたー!」
「広いですね」
 ここはリュウゼツランド。レビィ曰く「フィオーレ有数のサマーレジャースポット」であり、広大な敷地を利用した多種多様なプールにスライダー、更には水族館まであるという至れり尽くせりっぷり。流石王都クロッカスだ。せっかく王都まで来たんだし行こう! とギルドメンバーで決まったらしく、私も連れ出されてしまった。
「エルザさん、傷は大丈夫だろうか」
「ああ、問題ない。ポーリュシカさんにウェンディ、お前もいるからな」
 それならよかった、と胸を撫で下ろす。大魔闘演武三日目、彼女は競技パートである伏魔殿パンデモニウムで「一人で全滅させられる設計になっていない」というモンスターを相手しその全てを倒してしまったのだ。それゆえに傷も酷く私とポーリュシカさんとウェンディで治療を行い、今日一日は動けないだろうとポーリュシカさんでさえそう見立てていたのだが……酒場に顔を出すわ樽サーフィンをするわ挙げ句リュウゼツランドにも来るわと周囲の心配もなんのその、といった状態である。周囲もミラさんの言うように「まあエルザだし」で納得しているようだった。……いや、無理があるのでは?
「ウェンディもなにかあったら言ってほしい」
 彼女も今日、バトルパートで蛇姫の鱗ラミアスケイルのシェリアと闘っていた。押されながらも絶対に引かず闘い続け引き分けにまで持ち込んだその勇姿は大いに会場を湧かせていた。彼女は傷を負ってはいたものの対戦相手のシェリアと友人になったらしく、シェリアの魔法である程度回復を行ってもらったようだった。それでも万が一のことがあってはならないと彼女たちに着いてきたのだった。まあその、あとはエバーグリーンに追い出されたというか……彼女がエルフマンの見舞いに来て、彼女らしくもなく「アンタ一日目の打ち上げも来てなかったでしょ? これの面倒くらい見れるから行ってきなさいな」なんて言われてしまえば頷く他なかった。ビックスローが修行のときにからかっていたとおり、彼女たちはそういう関係らしい、よくわからないけれど。と、こんな理由がなければ誘われたってプールなんて絶対に来なかっただろう。もちろん楽しいことはわかっているんだけど。
「それにしてもアルテその水着……スク水?」
 なにせ泳ぐとなれば露出は避けられない。私の腹部の傷が見えてはプールへ遊びに来ている人々の楽しみへ水を差すことになる。それにビキニなんて私のような平べったい体をしている人が着ていい代物ではない。それにあんまり、ファッションセンスも良くないし。
「あんまり肌を出すのが好きじゃなくてな」
 ルーシィの遠慮がちな声にそうけろりと返した。彼女の指摘どおり、私は紺色のスクール水着に薄手のパーカーを羽織っている。プールを楽しむだけであればこれで問題ないだろうと私の事情を知っているエルザさんと相談して決めたのだった。
「それならもっと可愛いのあるのに! 今度買いに行きましょ!」
「る、ルーシィ」
 私の手を掴んでぶんぶんと振るルーシィ。私に可愛いものは似合わないと言ってもきっと聞かないのだからどうすればいいか困ってしまう。エルザさんに目線だけで助けを求めれば「無駄だ」と言わんばかりに首を横に振っている。彼女は本当に世話焼きというか、人が良いのだからこちらが面食らってしまう。嬉しいんだけど、そういう気遣いに慣れてないものだから。
「しかし本当に広いなぁ……」
 マップを見てとりあえず全てを回ることは不可能だと判断したので、浮き輪を借り適当なプールでぷかぷかと漂ってみる。残念ながら泳ぐのは苦手なのだ。ざっと見たところ妖精の尻尾フェアリーテイル以外にも他のギルドメンバーもここに来ているらしい。医務室や闘技場で見た顔がちらほらある。
「あ、初代さん」
「おやアルテ。あなた達も来ていたのですね」
 幽体でもプールは楽しめるのだろうか? まあそんな野暮なことは聞くまい。ぱしゃぱしゃと水しぶきを上げて楽しむ様子はウェンディやシェリアとなんら変わりない。彼女が妖精の尻尾フェアリーテイル初代マスターだなんて誰も思わないだろう……あっギルドメンバー以外には姿が見えないんだったっけ。
「ラクサス、君ナイスファイトだったんだろう?」
 初代の子守だ、とでも言いたげにプールの縁に腰掛けているラクサスにそう労いの言葉をかけた。そうしてえい、と魔力の接続を行う。彼に大丈夫か、と聞いても大丈夫としか答えないので先手必勝、と不躾にも彼の調子を探るように管を繋がせてもらった。もちろん私の魔力炉を繋げるまではせず緩やかな魔力供給と傷の回復が目的だ。まあここに来ているのだしそう大きな怪我はしていないようだけど。
 ラクサスは今日、バトルパートにて大鴉の尻尾レイヴンテイルチームを壊滅させていたのだ。大鴉の尻尾レイヴンテイルは卑怯にも、というかラクサスと何かを交渉したかったのだろう。マスターであることを偽って出場した挙げ句にチーム全員で彼に襲いかかるという暴挙に出たのだ。それを返り討ちにした図ではあるものの、一対五で闘ったことには変わりない。それに何より、彼には明日以降もしっかり闘う必要があるのだ。十分に回復して万全を期すべきだ。
「せっかくの色男が台無しだぜ。あ、傷がある方がワイルドって見解もあるか」
 鼻背を横切るような傷を指差しそのままその通りにスライドさせれば傷は消える。傷は男の勲章なんてよく言ったものだけれど、彼のようにあまりに無頓着なのも考えものだ。
「お前、仕事の方はどうなんだ?」
「オールオッケー。観戦はできていないがちゃんと君の武勇は聞いているから安心してほしい」
 私の言にソリャドーモ、と大根役者も顔負けの棒読みで返事をした彼は、しかし魔力供給を拒みはしないのでそのままにしておく。とろとろと魔力を注がれるのは心地よいことだとエルザさんも言っていたので別に嫌がる理由もないのだろう。
「アルテ、ちと多目に魔力渡しといてくれい」
「了解、マスター」
 にかりと笑って言ったマスターに、いたずらに乗っかる子供のように頷く。優勝もそう雲をつかむような話なんかじゃなくなっている。とてつもなく心が踊っている自分がいた。

 □□□□□

「他に痛むところは?」
「……特には」
 これほどまでに自分に表情がなくてよかったと思うこともそうそう無いだろうなぁ。そんなことを考えながら淡々と治療を行っていく。彼らは、本日のバトルパートでナツ・ガジルと闘った剣咬の虎のスティングとローグだった。剣咬の虎セイバートゥースは、競技パートでルーシィに故意にひどい怪我を負わせたミネルバの所属するギルドだった。わかってはいる。直接彼らが手を下したわけではない。ミネルバを庇うような行動をしていたけれど、もしかしたら、少しくらいは心のうちで彼女の行動を申し訳なく思っているのかもしれない。それにそもそも、私は妖精の尻尾フェアリーテイルのメンバーだがこのタイミングにおいては大魔闘演武運営側の人間でもある。そうである以上、公正を期さねばならない。こんなところで不正があってはならない。それでも、あそこまでルーシィを執拗に痛めつけた奴の仲間の面倒を見るというのは、どうにも従い難いものだった。
「ええと……スティングさんはどうだろうか」
「……問題無ェ」
 そもそも、負けた人に戦闘直後接触するというのはあまり好きではない。いや好きな人なんて余程無神経か性格が腐ってしまっているかだ。しゅんと空気の抜けた風船のように落ち込んでいるかカリカリと苛立っているかのどちらかで……なんにせよ扱いが難しい。誰でも手負いの獣には近づきたくないのと同じだ。
「だったら治療は終了だ。ここで休んでも良いし、出ていってもらっても構わない。何かあればそこのボタンを押してもらったら」
 私は席を外すから好きにしてほしい、と二人に伝え部屋を後にする。ルーシィの治療の続きを行いたいのだ。もちろんポーリュシカさんにウェンディ、蛇姫の鱗ラミアスケイルのシェリアまで手伝ってくれたおかげで意識もはっきりしていたから大事には至っていないだろうが、できることは極力やっておきたいのだ。幸い明日は大会休日。今日明日としっかり休めば観客席で元気な応援をすることができるだろう。
 妖精の尻尾ラミアスケイルが優勝を狙うのと同じように、剣咬の虎にだって矜持のようなものがあるはずだ。最強に固執する彼らが何か不穏な動きを見せなければ良いのだが……。

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