3-2激闘と陰謀?



 大魔闘演武。それはフィオーレ中の魔導士ギルドが王国一をかけて死闘を繰り広げる王国主催のイベントだ。ここ数年は剣咬の虎セイバートゥースが一位であるというこの祭りは、しかし毎年白熱する。他ギルドのメンバーも観客も「どうせセイバー」と諦めるわけもない。それに加え今年は天狼島組が帰還した妖精の尻尾フェアリーテイルが参加するというのだから、旧知の仲である青い天馬ブルーペガサス蛇姫の鱗ラミアスケイルは特に力を入れるらしい。大魔闘演武が開催される首都クロッカスでは、七月が近づくと賑わいが増しメンバーも発表されないうちから賭けが始まる始末だった。私も妖精の尻尾フェアリーテイルとして出場はできないまでも客席で皆と一喜一憂したり騒いだり色々するつもりだった。つもりだったのだが。
「医療班って何だよ……」
 そう、何故か私は大魔闘演武の運営側に組み込まれていた。確かに王国主催であるならば、国の運営する研究所の不正により得た魔法をもって参加するのはまずいというのは少し考えればわかる。わかるんだけど、ちょっと納得はいかない。
 六月も下旬に入った頃、雷神衆と修行を続けていた私の元に電報が届いた。国内であればどこにいようと対象の人物に届くとかいう反則じみたものだ。公的機関でないと中々使わない手段なものだから身構えはしたのだが、まさか「大魔闘演武の医療班として任命する」と「決定事項/命令」が届くとは思わないだろう。それで私だけ修行を早めに切り上げてクロッカスへ向かうことになったのだ。まあ私の目的だった魔力供給の研鑽と多少の攻撃練習は済んでいたから良いとするけれど。
 妖精の尻尾フェアリーテイルに入る前に行った検査で私の魔法は判明していたはずなので丁度良いと考えたのだろう。報酬にかなり良い金額は提示されていたが、十数人並の魔導士を雇うよりは安上がりであるはずだし、王国の衛生兵も護衛やら何やらで借り出せないのだろう。しかしどうなんだ、それは。
 私が試合が行われる間常駐する場所は会場であるドムス・フラウの選手入場口付近。すぐ隣にある医務室は半地下になっておりガラス張りの窓から試合の様子を眺めることができる。確かに良い場所だ。いやしかし、私が望んだのはこう、皆とわいわいがやがや歓声時々ブーイングの試合観戦であって。こんな空のベッドが並ぶ部屋で静かに椅子に座って行うものじゃなかったはずだ。そんなわけで怪我人の治療が必要な試合終了直後以外は妖精の尻尾の控室にいた。小さなブザーのような通信用魔水晶ラクリマを持たされているので緊急時は試合中でも連絡が入るし問題はないと見過ごされている。一応、私を含め研究所で実験体にされていた子供は全員国の保護下にあるのだからまあ仕方ないのだけれど。
「ちょっと席を外すよ」
「っは、はい」
 そう私に声をかけたのはマントを羽織った婦人。妖精の尻尾フェアリーテイル顧問薬剤師であるポーリュシカさんだ。人間嫌いの彼女は当然運営側にいるわけでなく、妖精の尻尾フェアリーテイルの応援に来ており、控室で出場するはずだったウェンディの治療に当たっている。勿論私が治療をすると言ったのだが私のような粗雑な方法では駄目だと言われてしまった。そう言われるとぐうの音も出ない。
「……ウェンディ」
 ウェンディは未だ意識が戻らない。何者かが、明らかに妖精の尻尾フェアリーテイルへ悪意を持って妨害を行っているらしい。きっと大鴉の尻尾レイヴンテイルの仕業だろうとギルドメンバーは言っていた。今日の試合でも、競技パートでは大鴉の尻尾レイヴンテイルのナルプディングが執拗にグレイとジュビアを狙っていたし、ルーシィと大鴉の尻尾レイヴンテイルのフレアの闘いでは「外から掻き消したように」ルーシィの魔法が不発に終わっていた。大会期間中に不正を指摘できれば良いのだが。
 とりあえず今晩はここに泊まりウェンディを看病する。ギルドの皆はどこかの酒場で飲むとか言ってたっけな。ポーリュシカさんはきっと大会期間中にウェンディを復活させると約束していたから、私はその手伝いをするだけだ。まあ、あまり必要とされてないみたいだけど。

 □□□□□

 大会二日目。既に競技パートは終了しており、戦車チャリオットによる乗り物酔いでグロッキーなナツが休んでいることと、ウェンディと共に倒れていたシャルルが既に回復したこと以外は昨日と変わりがなかった。ポーリュシカさんの話によればウェンディもかなり回復したらしく明日には復活できるだろうということだった。
「乗り物酔い……」
 彼と共に戦った剣咬の虎セイバートゥースのスティングによれば、より滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーに近づけば重度の乗り物酔いをするようになるらしい。ガジルはついこの前まで平気だった、と言っていたうえことからもきっとそれは真実なのだろう。そういえばラクサスも隠してはいたが乗り物を避けていたのでそういうことなのか。魔水晶ラクリマによる滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーも例外ではないらしい。私が未だ乗り物酔いに悩まされていないのは、やはり滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーとしてまだまだだからなのか。いつか、一人で闘えるほど強くなったら私もこんな風になるんだろうか。ううむ、それは嬉しいような、困るような。
「ん?」
 ふわ、と甘ったるい香りがする。見舞いの花……はどこにもないし、そんな自然なものでなく人工的で気分の悪くなる匂いだ。一体どこから、と立ち上がるが、くらりと糸の切れたマリオネットのように座り込んでしまう。大鴉の尻尾レイヴンテイルの攻撃かと身構えポーリュシカさんの方を見るも既に倒れている。視界が霞む。一体、何が

「…ナツ?」
 妖精の尻尾フェアリーテイルの控室で倒れたはずが、ドムス・フラウの最外周部分にいる。側には拘束された怪しげな男四人組。王国兵に連行されていくのを見る限り私達は彼らに拐われたのだろう。それをナツが拳でもって解決したに違いない。
「助けてくれてありがとう、ナツ」
「おう、どうってことねえよ!」
 ニカ、と笑顔でと返したナツはしかし、すぐに憎悪を表した。私達を拐ったのは大鴉の尻尾レイヴンテイルの差金だと件の男たちが言ったそうなのだ。ウェンディもポーリュシカさんもシャルルも無事だから一安心だが、どうしても安心できない。大鴉の尻尾レイヴンテイルのマスターはマスター・マカロフの破門された息子。妖精の尻尾フェアリーテイルとは確執があるようだが、それでもここまでやるだろうか?
『ダウーン! バッカスダウーン! 勝者エルフマン!』
 歓声とともに響いたその実況は、試合の終了を意味していた。急いで下を覗けば、両者ともに負傷が激しいではないか。勝者であるエルフマンですら立てていない。
「やりましたねエルフマンさん!」
「ああ! すごいなあ!」
 きゃっきゃとウェンディと一緒に飛び跳ねて喜ぶが、ポケットに入れたブザーが鳴っている。ああそうだ、私は医療班だ、彼らの治療に向かわなければならない。ウェンディには戻るねとだけ伝えて医務室へと走り出す。勿論命に別状は無いだろうが治療は急ぎたい。エルフマンも、相手だった四つ首の猟犬クワトロケルベロスのバッカスも、まだ大会期間中で試合は残っているはず。これで後日に響いては良くない。
「遅れました!」
 医務室の扉を開ければ、既に件の二人が運び込まれている。運んでくれたであろう王国兵達は治療ができないため私を待っていたようだ。私の顔を見るなりほ、と安心して後は任せたと部屋を出ていく。頼み事があれば廊下にいるから、とにこやかに言った王国兵に手を振る。彼らも運営に当たりながら大魔闘演武を楽しみにしているらしい。
 どちらから治療をすべきかと悩みながら治療のために透明な管を彼らに接続する。細かな処置は流石に見ながらでないと難しいが、止血や自己回復を促す僅かな魔力の供給は片手間に行えるようになっていた。修行の成果をこんなところで実感するとは。これを機会にもっと効率良い治療法を探っても良いかもしれない。
「っと回復か、ありがてえ。あァ、エルフマンの方が重傷だ」
 そう疲弊して掠れた、それでいて遊び疲れて満足した子供のような声で言ったのはバッカスだった。
「そうか、ありがとう」
 彼の言う通り、エルフマンの体には無数の傷があった。どうやらバッカスの打撃を受け続けたらしい。出血よりも打撲による疼痛の方が重いようだ。これでは治療を完璧に行ってもすぐに回復することはできないだろう。私の治療は万能ではないので、傷の修復しかできない。痛みや体力の回復を瞬時に行うのは無理だ。一通り傷を塞ぎ骨を繋ぎ魔力供給を行うが……どうだろう。明日はウェンディがリザーブ枠として出ることになりそうだ。
「次は貴方だ。怪我は……手の出血ということで良いか? あとは魔力の消耗のようだが」
「応」
 バッカスはそう言って掌を上へ向けてこちらへ差し出した。確か、彼の魔法は魔力を掌に集中させるものだったはず。それを感じさせる長年使い込んで固くなった皮膚がズタズタに裂けていた。彼らの死闘に思いを馳せる。
「いつもなら酒飲んどきゃ治るんだがなァ……嬢ちゃん名前は?」
「アルテ・ザミェルという。妖精の尻尾フェアリーテイルの者だが訳あって今はここで出場者の手当をやってる。紹介が遅れてすまなかった」
 傷が深いためしっかりと彼の手を握り塞いでいく。うん、問題なく治療は終わった。魔力も今晩には全快しているだろう。
「なんだ嬢ちゃんも妖精かァ」
「む、何か問題が?」
「いやァ? 嬢ちゃん、笑ったほうが美人だぜ」
「……? すまない、私に表情は無いのだ」
「そりゃ悪かった。まァ笑えるようになったらまた会おうぜ」
 まだ休んでいればいいのに、バッカスは瓢箪の酒瓶を片手にふらりと医務室を出ていく。彼の発言が何を意図したものなのかがわからなかったが……まああの調子なら無事回復したと見て良いだろう。大会はまだ続く。それにこれからが佳境、戦闘の激しさが増す分怪我人も増えるはずだ。命令とはいえ、全うするため頑張らなくては。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -