3-1 修行、満天の星



「すまない、何故私がここにいるのだろうか……」
 天狼島から帰還し、ラクサスの破門が取り消しになり、大魔闘演武への参加が決定し、それぞれ七年のブランクを埋めるため修行を開始したこんな出来事が立て続けに起こったのだから忙しないことこの上ない。まあそれは良い、騒がしいのがこのギルドだから。こんなレベルの忙しさは流石に初めてだが、一応順応できるくらいではあるし。ただ唯一ここで問題にすべきは、「何故私が雷神衆と共に修行をすることになっているのか?」ということだった。
「それはこっちが聞きたいわよ。ラクサス、どういうことかしら?」
 エバーグリーンが怪訝そうに私の顔を覗き込む。彼女の視線は眼鏡を通してなお蛇のようで、表情が表に出ない私であっても蛙のように脂汗が出る思いだ。
「ラクサスと前からの知り合いだったっつうわけでも無えんだろ?」
「そ、そうですね……」
 ビックスローの問いもやや刺々しい。立つ瀬なしとはこのこと。いや私だってよくわからないままここにいるのだ。
 あの晩から夜遅くになればラクサスと喋っていたし、そこで自分が特にチームを組まずサポート役として借り出してもらってるなんて説明はした。そうしてラクサスが妖精の尻尾フェアリーテイルに復帰したもんだからてっきりクエストへの同行かと思っていたわけだ。いや事前にかなりの期間だからキッチリ準備しろとは言われていたのだが、まさか仕事でなく修行とは誰も思わないだろう。しかも三ヶ月。いや一年の四分の一じゃないか。
 そもそも修行へはグレイたちと一緒に行こうか、と話をし始めた頃だった。彼は私が未だこのギルドに馴染めていないんじゃないかと気を遣ってくれているらしい。ちょっと子供扱いされているような気がしなくもないけどそれは十分嬉しかった。それにウェンディも一緒なら魔法の癖も似ているので互いに相談しながら高め合うこともできるかな、と考えていた矢先だったのだ。
「……回復役だ」
 流石にこちらを察してくれたのかラクサスは最低限の説明をした。彼らほどの魔導士が修行するのならそれなりの怪我も伴うだろう。それも七年分を三ヶ月で取り戻そうだなんていう無茶だ。確かに理に適っている。
「今の間は何だ、何なんだラクサス」
 しかし、その発言にすらフリードは突っかかる。普段は知的で妖精の尻尾フェアリーテイルの数少ない良心とも言える彼は、何故かラクサスが絡むと途端に残念……冷静さを欠いてしまうのだ。
「本音はどうなのよ?」
 エバーグリーンも追い打ちをかける。確かにもっともな理由ではあるものの、聞き方によってはイマイチ説得力に欠けるともいえる。回復役ありきの修行というのも、なんだか保険をかけているような。それにいつだって私のようなサポートがいるとは限らない。それを前提とした修行をした方が良いはずだ。
「魔力量だけは確かにすげえが……」
「魔力量だけ、なら少し鍛えりゃ化けるだろ。サポートじゃ勿体無ェ。そもそもサポートすら無理やり魔力量で補ってる。少々面倒見てやる程度には借りがある」
 ハァ、と溜息を一つ挟んでラクサスはそう回答した。彼の言う「借り」とは、きっと天狼島でハデスと戦った時のことだろう。それにしても、あの僅かな時間で私の魔法の癖を見抜いていたとは……いや、戦闘慣れしてない私の魔法を見抜くなんて朝飯前なんだろうな、だってこのギルド最強の一角だし。
「お見通しだ……君すごい人なんだな」
「ラクサスだからな!」
 得意げに返したのはフリード。うん、やはり彼はラクサスが絡むと……と思ったがエバーグリーンもビックスローも同様に自慢げな顔をしている。いやはや、いろんな意味ですごい人達と修行することになりそうだ。でもこれなら、確実にパワーアップできる。元々目標にしていた遠隔の魔力供給だけでなく戦闘訓練もできそうだ。

 □□□□□

 とっぷりと日が暮れ、空には星が輝いている。残念ながらどれがどの星座を構成しているのかなんてことはわからないが、綺麗であることは確かだ。ここは辺境の地、街の明かりも少なく冬でもないのに五等星あたりまで見えてるんじゃなかろうか。真っ黒な背景が見当たらないほど星々がきらめいているのはどこか恐ろしくもある。
 彼らが修業の場として設定したのはこの村だった。人間の暮らす領域の端、定期的に訪れる専門の魔導士が結界を張ってなんとか生活しているようなところ。結界を潜ればすぐに魔物の群れに遭遇するここは、確かに修業をするにはもってこいだろう。
「星が、綺麗だな」
「あらホント」
 村唯一の宿へ向かう道中のこと。宿と言ってもほとんど貸家のようなもので、これからの生活に必要な食料やらを買い込んだ帰りだ。大部屋が一つに小部屋が五つ。風呂も付いているんだからかなり至れり尽くせりだ。
 道の真ん中で立ち止まり、皆で夜空を見上げる。幸い人通りも少なく気にかける者はいない。そういえば他の天狼島組も修行している最中だろうか。同じ空を見ていたりするのかも、なんて私にしては少々ロマンチックなことを考える。
「……行くぞお前ら」
 どれだけそうしていただろうか。ラクサスがそう号令をかける。やはり彼らは素晴らしい連携の元にあるのだということをこんな些細なことで実感していた。言葉数は少ないラクサスと、その言外を正確に察して行動するフリード、エバーグリーン、ビックスローの三人。共に過ごした時間がなせる技だろう。

 □□□□□

 雷神衆が魔物たちを相手取る中、私はといえばただひたすらに魔力供給の練習をしていた。接触の必要なく、より効率的に、より迅速に。あの戦いの最中、たとえそれがまぐれであっても一度はできたことだ。再度行えないわけがない。わけがないのだが、どうしても上手くいかなかった。集中力が足りないのか、それとも本当に火事場の馬鹿力でないとできないのか。結局まともにできていることといえば傷の手当と料理だけ。これでは折角、たとえ言葉の綾であっても「鍛える」と言ってくれたラクサスの顔に泥を塗ってしまうことになる。それだけは避けたい、と一人物思いに耽っている。
「なんだ、また星でも見てんのか」
「ラクサス」
 ギリギリ結界の内側になる村のはずれには座るのに手頃な岩があり、よくここで涼んでいた。春とはいえ、私にとっては少し暑い。それに考え事をしながら頭を冷やすのには丁度よい場所だったし、彼の指摘どおり晴れた夜には星がよく見えた。
「……魔法のことか」
「痛いとこ突くなぁ」
 私が腰掛ける岩の横にどかりと腰を下ろし、彼はそう指摘した。それもそのはず、まず彼に遠隔で魔力供給を行えるようになることが第一段階だったからだ。滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーは他者の魔力を受け入れやすい体質にある。だからまずは彼相手に練習をしていた。
「……どうしても上手くいかなくて。イメージとあの時の感覚はちゃんと覚えてるんだが」
「あん時はどうだったんだ、お前」
 キャッチボールになっていない雪合戦みたいな会話だ。彼と初対面で、かつ初めて遠距離での魔力供給に成功したあの時はどうだったか。無我夢中だった、としか言いようがないのだけれど、なんとか思い出してみる。
「……君がナツに全魔力を渡しただろ? 自分はそれを得意としてるのにできないのはおかしいと思ったんだ。あの直前にミラさんにできれば、って考えてたから……それに一瞬だけフリードに繋がったことがあって。それならできるはずだって思って。これ以上自分の力不足で誰かがやられるのは嫌だったし、後悔もしたくなかった」
 ふん、と彼はさも世間話を聞き流すかのような相槌を打った。何をさせたかったのだろう、いや彼が私の話を聞いて具体的なアドバイスやカウンセリングをするとは到底思えない、とかなり失礼な印象すら抱いているのだが。
「折角誘ってくれた君とか、ギルドの皆のためにも成功させたいんだがな」
「そこだろ」
「そこ?」
 彼の言う代名詞はどこにかかるのだろう。残念ながら人と話すことが得意でない私には読み取れなかった。考え込むも、全く浮かんで来ず解答を求めるように上半身を折り彼の顔を覗き込む。互いに顔をじっと見つめ合って数秒後、ラクサスは観念したように目を閉じ溜息を一つ零した。
「誰のためにやろうとしてんだって話だヨ」
 ふむ、と言ってみたものの、いまいち理解できない。誰のために魔法を使うか?それこそ仲間のためじゃないのか。
「すまない、もう少しわかりやすく頼む」
「……自分のために魔法を使え」
「自分のために」
 彼はどうやら頼み込めばやってくれるタイプらしい。一つ学んだな、うん。反芻してじっくりとその言葉を噛み砕き……ああ、そういうことか、と膝を打つ。あの時成功したのも、自分の後悔を増やさないため。僅かばかりの矜持を守るため。自分への失望を撤回するため。そうだ、確かに皆を救う行動であったとは言え、原動力の殆どは「自分のため」だったじゃないか。なんだか不遜だけど、もしかしたらそこかもしれない。
「……接続」
 とっ、と岩から降り数歩離れたところから彼に向かって手を伸ばす。自分のため、私のために彼へ魔力を供給する。するりと、溝に沿って水が流れるように彼へと不可視の管が伸びる。しゃきん、と金属がかちあうような軽い音が脳内で響き、それは接続の完了を意味していた。ハデスと戦っていたときは必死で曖昧だったが、確かにあのとき聞こえた音だった。
連結ソイェディニャツ……」
 成功どころか、頭の中の構想に留めていたことまでできてしまった。本来、遠隔での魔力の供給だけを目的としていた。それをこの期間に、自分の魔力炉と相手の魔力炉の連結にまで高めるつもりだったのだ。ハデスとの戦いでもできたことだったから、そこまではやってしまいたい、と。魔力の供給であれば渡した分しか相手は使えないが、連結であれば私と相手の合計分を即座に使えるようになる。その方が効率的だ。一緒に戦っているときなんかは絶対にこちらの方が良いだろう。
「またすげえ魔力量だな」
 パチ……と周囲に青白い火花を散らしながらラクサスは言った。彼も体内に魔水晶ラクリマを入れているのだからそこそこ魔力量はあるはずだが、それでも今は二人分の魔力を使える状況下にある。それに繋いでいる私の魔力炉は改造に改造を重ねおよそ常人のそれではない。
「使えそうか?」
「ああ。問題ない」
 ぐ、と感覚を確かめるように拳を握り込むラクサスは、十分だ、と言うようににやりと笑った。
「明日、他の三人にも試してみる。ある程度できるようになったら、私も闘いたい」
「教えるの上手くねえんだがな」
「なんだ、教えてくれるのか! いやあ助かる!」
 そう飛びつけばラクサスはしまった、と苦虫を噛んだような顔をする。なんだかんだで私の面倒を見てくれるつもりらしい。彼が教えてくれるなら心強い。まあ仮に教えてくれなくても見て学ぶことはできる。幸いこの辺境の地であれば私が多少暴れても問題なさそうであるし。今日一番の溜息を吐いた彼は、しかし前言撤回することなく立ち上がり宿へ戻って行く。彼を追いかける最中見た空は、ここに来た日と同じようにきらきらと無数の星が輝いていた。

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