2-5 勝鬨と襲来



 突如として稲光とともに現れた男に、度肝を抜かれた。強い。それ以上に、義理や人情のためだけに魔力無しであの攻撃を受けるなど……頭がおかしいんじゃないのか、とまず思った。しかし、おかげで現状打破、いや僅かにでも状況を好転させうるアイデアが雷光の如く飛来する。蛮勇は蛮勇でも、勇気であることに違いはないのだ。
「っぐ、はは……!」
 ああ、なんで諦めてるんだ私は。まだできることがあるだろ。魔力がないなら増やせ。先程変な音がして既に使い物にならなくなった左腕を完全に氷化させる。ぱき、と軽い音を立てて折れた骨の部分で肉体と分離された。これは、グレイが補ってくれた左腕だ。分離してしまえば、彼の氷と変わりない。滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーは自身の魔法を食べられない。だがこれは私の氷ではない。僅かに私の魔力が混ざってはいるが……この期に及んでそんな贅沢言ってられない。服の中でごとりと動かない左手に口付け、拳だったところに歯を立てる。がりり、と音を立てるのは最初だけ。噎せながらすっかり取り込んでしまう。あとは。回せ、魔水晶ラクリマを。回れ。回れ。魔力炉に意識を集中させれば取り込んだ氷を元手に魔力が増幅されていくのがわかる。ここ狙われちゃあ仕方なし、最初に隠蔽へ魔力を使う。よし。もう大丈夫だろう。放っておいてもあとは自動で魔力は増大していく。
 残った右手を翳す。まずは闘っているナツ……いや、倒れているラクサスという男。彼からだ。彼は現在、妖精の尻尾フェアリーテイルの魔導士ではない。ゆえに天狼樹の加護がなく命の危険があるはずだ。あれ、天狼樹は倒されているんだっけか。しかしそれでも彼の怪我の具合が一番酷い。
 離れていれば治療はできない? そんなことはない。自分の魔法の解釈を広げる。やるしかない。イメージだ。彼へ供給管を伸ばす。先程フリードに一瞬だけ繋がった、あの感覚を思い出せ。ここでやらずいつやる。できずにミラさんは倒れてしまったんだろう。そう自分を追い込んで意識を集中させる。伸ばせ、伸ばせ。樹木の枝の如く、地を這いずる蛇の如く。
 よし、接続……完了。やった、という喜びを一瞬味わってから、即座に魔力を注ぐ。外傷を塞ぐ……完了。あとは魔力の譲渡を行えば良いだろう。こちらは無意識下でも行えるようだ。なにせとろとろと油のような速度ではあるが彼へ向けて魔力が流出していくのがわかる。よし。接続を継続したまま、次へ。ナツ。二度目だからか管の接続はスムーズにいった。怪我の治療……完了。次。倒れているウェンディ、グレイ、エルザ、ルーシィ。接続完了。こちらは傷の治癒を優先させる。完了。魔力譲渡は他より優先度を下げる。ああ、すごいや、キャパオーバーで発熱しそうだ。管のイメージを忘れるな。一瞬でも意識が逸れれば片っ端から外れるぞ。
「雷炎竜の咆哮!」
 案の定、ぶつんと接続が切れる。致し方ない。魔力消費が大きすぎるせいだ。ナツへの接続は一旦切るしかない。けれど彼のあんな凄まじい攻撃を喰らえばハデスといえどひとたまりもないはず。皆、治療を行っているとはいえ立っているのがやっとという状況だった。
「たいした若造どもだ」
 しかし。絶望はそこに立っていた。嘘だろ、と声にも出ない。増幅する魔力に、歯の根が合わない。こんな悪夢があってたまるか。
「魔導の深淵、ここからはうぬらの想像を遥かに超える領域」
 さながらバンシーの泣き声。不吉どころの話ではないその言葉に従い、瓦礫から姿を現したのは異形の傀儡。一体一体が絶望的な魔力の塊だ。こわい、こわい。単純な恐怖に、腹の底を揺らされるような恐怖にただただ従うしかない。根源だ。人間が抗ってはならない類の感情。このまま恐怖に支配されるのは何ら間違ったことではないと思う。だって、こんな、
「今は恐れることはねえっ! オレたちは一人じゃねえんだ!」
 一番疲弊しているはずのナツの声にハッとする。そうだ、この程度、どうってことない。虚栄だって良い。今はハリボテの勇気で立ち上がるしかない。立ち向かえないことの方が問題だ。土塊の悪魔の攻撃を潜り抜け、進んでいく。倒せ、倒さず倒れて後悔しか残らないのはわかってるはずだ。魔力の連結を再度行う。行け、と叫ぶ。
 ドッ、と船が半壊するほどの力でもって、ナツはハデスに突っ込んでいった。
「あれ……」
 何かに気付いたのか、ウェンディが明後日の方向へ視線を向ける。そこには、倒れたはずの天狼樹が、この島に到着したときと全く変わらず聳えていたのだ。これならば。途端妖精の尻尾フェアリーテイルの紋章が光り始め、魔力が元に戻っていくのがわかる。ああ、これならばいける。大丈夫だ。底から湧き上がる魔力に任せ、この戦闘を続行することができる。
「勝つのはオレたちだ!」
 ハデスともはや魔力を伴わない戦闘を繰り広げているナツ。一瞬の隙を取られ打撃を食らうも、間に再びラクサスが入る。治療を行なったとはいえ立っているのがやっとのはずだ。それなのにどうしてそんなことができる。
「行けェ! フェアリーテイル!」
 彼は自分ではなく、私達がハデスを倒すことを望んでいたのか。気持ちいいくらい強い奴だ。強者としての振る舞いが身についているじゃないか。
「全員に魔力連結! 思う存分使ってくれ!」
 叫んだ。天狼樹の加護が毎秒の回復ならば、私の魔法は魔力量の一時的な底上げ。全員の魔力炉と私の魔力炉を連結させ、私の魔力を使えるようにしている。つまりゼロの状態でも私から魔力を使うことが出来るのだ。魔力量だけは優秀なのだから、それを他の誰かに使わせれば、きっと。
 ルーシィ、ウェンディ、グレイ、エルザ。一人が魔法を使う毎にがくん、と魔力量が目減りし、そしてまた回復していく。壊れてしまいそうだった。頬にヒビが入った。目まぐるしい。まあいい、ゼロになれば右腕を喰らう。それでも足りなければ脚。腹。身体は、氷で出来ているんだから。
「滅竜奥義・改! 紅蓮爆雷刃!」
 決定打を与えたのはナツだ。炎と雷を一度に、最高火力でもってぶつけている。魔力量に目盛りがあるならば、マイナスへ振り切れた。一瞬だけ目が眩んだ。だらだらと汗が止まらない。完全に沈黙したハデスを確認し、ナツは雄叫びを上げた。
「これがオレたちのギルドだぁっ!」

 □□□□□

 簡易ベース。先の戦闘で疲れ切ったナツはすっかり眠ってしまっている。アルテによる治療も終わっており、好きなだけ休ませてあげたら? とミラジェーンはいつもどおりの笑顔で言った。アルテはほ、と息を吐く。文字通り這々の体で到着したジュビアも、アルテは既に治療し終わっていた。自ら大腿骨をへし折ったというのだから驚きだ。いつも自らの身体をぞんざいに扱うアルテが言えることではないが、もう少し大事にしてほしいものだ。
「アルテ、腕出せ」
「う、悪いなグレイ」
 グレイが作った精巧な氷の腕は、アルテの左腕に嵌っている。不揃いの断面に沿ってキッチリと適合するように作ってあるその技術は、流石としか言えない。
「お前周りの治療より先に自分優先しろよ」
「はは、忘れてた」
 未だ透明だというのに既にアルテの制御下に置かれている左腕。数分で元の血の通った肉体に変化するという。幼馴染といえど、その魔法の法外加減にグレイは毎度驚いてしまう。
「ったく……」
「グレイ、ジュビアはいいのか? 尻叩くのはアレだが頭撫でるくらいはしてやったらいいだろ」
「ぐ……」
 そう幼馴染に言われてはグレイも答えに困る。しかしジュビアが十分働いてくれたのは事実だしな、と重い腰を上げてジュビアの元へとグレイは歩いていった。ジュビアからすればグレイにねぎらいの言葉を貰うだけでも島中を這いずり回った価値があるというものだろう。
「……お前」
「うん?」
 左腕の馴染み具合を味わうように確かめているアルテに、背後から声が降ってくる。ラクサスだ。
「何故オレを一番に助けた」
 彼はアルテの隣に腰掛け、依然として氷の様態を示す左腕を眺めながら単刀直入に聞いた。アルテとは初対面である。それなのにあのときよく知った味方より先に自分の治癒を優先したのか、と疑問に思うのは当然だろう。
「気付いてたのか。貴方の優先順位が最上位だったんだ。この島じゃ妖精の尻尾フェアリーテイルの魔導士は加護が与えられ命を落とすことはない。だが、貴方は破門になっているんだろう? それならば命の危険がある。だから一番だった。そもそも君が一番重傷だったのだし。それだけだ。あ、自己紹介が遅れた。私はアルテ。アルテ・ザミェルという。魔法はお察しの通り治癒……と、氷の滅竜魔法。と言っても魔水晶ラクリマ埋め込んでるだけだが。ここへはつい先日加入した」
「同類か。その様子だと知ってるかもしれねえが……ラクサスだ」
 以前ならば絶対に見受けられないその行動に雷神衆の三人は調子が狂うと言わんばかりに顔を見合わせている。ただ、アルテはラクサスについて以前妖精の尻尾フェアリーテイルに在籍していたことと破門されたことしか知らないので彼ら雷神衆の反応に首を傾げた。
「ああ、よろしく頼む」
 そうしてぽつりぽつりと会話を始める二人。アルテが会話しているのなら怖くないかも、とウェンディも顔を出し、挨拶を始める。恐ろしい話だ、このいたいけな少女がふたりとも滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーだというのだから……と様子を見ていたエルザはふふ、と微笑んでいた。
 これから訪れる、終焉を知らぬまま。 

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