2-4 転機



「ハデスー!」
 開戦と同時に全力を出す、というエルザの指示した戦法の下、ナツを筆頭にハデスへと攻撃を仕掛けていく。切り込み隊長はナツ。続いてグレイ、エルザ、ルーシィ。そこにウェンディが付加エンチャントを行い、ハデスに対して怒涛の連携攻撃を繰り出していく。私の役目は、開戦前、本艦へと登る前に全員へ魔力を譲渡することだった。出し惜しみは無し、最低限自分が動ける程度の魔力を残して他に受け渡したのだ。ここからは、足手まといにならないように、かつ怪我があれば即座に回復するように努めることしかできない。情けないな、と思いつつも適材適所。できないことをやってどうにかなる場ではないのだから仕方がない。私が下手に手を出してどうにかなる戦闘ではない。
 ナツを振り回すハデスの鎖をエルザが切断し、吹き飛んだ彼をグレイが大槌兵で受け止め射出する。見事だ。嫉妬してしまうほどの連携に思わずため息が出る。
「氷竜の咆哮!」
 打ち出されたナツの速度を高めるように、背後から咆哮を放つ。ウェンディ、それにルーシィのスコーピオンも同時に攻撃を放っており、吹雪、防風、砂嵐を纏った彼は、そのままハデスへと突っ込んでいく。
合体魔法ユニゾンレイド
 今までこちらの攻撃を軽くいなしていたハデスは、その顔色を変えた。通常、合体魔法とは、余程信頼の置ける魔導士間で、ごく稀に見られる現象だ。それも、三人となれば例はそれこそ前例が無いのではなかろうか。
「火竜の劍角!」
 攻撃を受け、ハデスは遥か後方に吹き飛ばされる。この場の誰もが、勝利とまではいかずともかなりのダメージを確信した。当然だ。こちらは全員、全力の魔力で攻撃を繰り出している。
「人は己の過ちを経験などと語る」
 しかしながら響いてきたのはそんな呑気な声だった。いや、おどろおどろしい、と言ったほうが良いか。装備品の損傷は見られるものの全く効いていないのだ。それどころか、今までの戦闘を「準備運動」などと称している。魔力の質すら変化させ、それだけでこちらに恐怖をおぼえさせるあれは、正真正銘、格が違うのだ。
「喝!」
 ビリビリと大気を震わせ、ハデスはそう叫んだ。途端、衝撃波が来る。いや、私ではない、隣のウェンディが標的だ。そう察知して彼女を見た瞬間、パァン、と服だけを残して、彼女は消失していた。
「ウェンディ!」
 ナツをはじめとして他も動揺を隠せない。本当に消えたのか、何があったのかすらわからないのだ。悲しみや、怒りを感じるよりも前に疑問しか浮かんでこなかった。人が、消えた。ただの魔力の波動だけで。理解できない強さが恐怖となって彼らの背筋を伝う。
「『みなさん落ち着いてください。私は無事です』……と申しております」
 聞き覚えのない、老父の高い声がする。ハ、と上を見上げれば天井に手足の生えた大きな木箱が張り付いている。ルーシィの声から、彼は星霊の一人だろう。攻撃の瞬間、危険を察知しウェンディを保護したのだ。「みなさんくれぐれも気をつけてください」と一言残し彼は消え、新たな洋服を纏ったウェンディが舞い降りる。
「これがマカロフの子らか。やはり面白い」
 平然と、ハデスは言った。それに食い付いたのはナツだ。ハデスとマスターが知り合いなわけがない、というわけである。
「私はかつて二代目妖精の尻尾フェアリーテイルのマスター、プレヒトと名乗っていた」
 知らされてないのか? とつまらなそうに呟いたハデスは、そう続けた。衝撃の事実ではある、が、ありえない話ではない。加護により探索不可能なこの島に辿り着いたのも、そう仮定すれば合点がいく。しかしナツはどうも信じられないらしく再びハデスへと突撃していく。
 キィン……とハデスが指を軽く振っただけで魔法陣が幾重にも展開され、ナツを取り囲み爆発が起こる。それを皮切りに、私達への攻撃も始まる。ハデスはまるでオーケストラの指揮者か何かのように優雅に手を振っては膨大な威力の魔法を繰り出していく。
「パァン」
 まるで子供のたたかいごっこ。そんな口ぶりでハデスは魔力で編まれた銃弾を気ままに撃ち出していく。まずい、皆の出血が激しい、早く治療を、と手を翳したところ、左腕をその殺意に溢れた魔力が貫通する。一発で上腕骨が折れている。冷静に判断した後、焼けるような痛みが襲う。
「っは、ぐ……!」
 これくらい、これくらい、研究所に比べれば。自分だけ回復するのが躊躇われて痛覚を遮断すべく該当箇所を氷化させる。腕全体を氷にしてしまえばもっと楽なのだが、それでは腕全てが動かせなくなってしまう。それではもっと足手纏いになるだけだ。
「私は魔法と踊る!」
 そう謳ったハデスは、指先だけで私達を戦闘不能に追い込んでいた。ダメージが大きすぎる。誰一人として動ける者はいなかった。
「妖精に尻尾はあるのかないのか?」
 そう詩でも朗読しているようにハデスは能弁を垂れる。マカロフを否定するその言葉に反論するナツも、正直ああも声を張れているのが謎なくらいのダメージを負っている。てめえみてぇに死んだまま生きてんじゃねえんだ、という彼の言葉に表情も変えず、ハデスはナツに対し、今までの攻撃が威嚇射撃だったとでも言うように、指先へ魔力の充填を始める。やめて、とルーシィの悲痛な叫びが響く。見ていられない。床に伏したまま、目を逸らす。回復役だってのに、なんにも役に立てなかった。私は、私は。何が仲間を守るだ、何が回復役なんだ
 そんな自己嫌悪ごとかき消すように、特大の雷が落ちる。思わずハデスの方を見やれば、稲光がナツとハデスの間にバチバチと揺れている。
「こいつがじじいの仇か、ナツ」
 低く、敵意を持った声がした。ゴッ、と鈍い音がして、ナツからラクサスと呼ばれた男はハデスに頭突きを食らわせていた。
 ラクサス。ああ、話だけは聞いた。私と同じ、魔水晶ラクリマを体内に宿す滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーだ。マスターの孫であり、破門されたという彼は、とてつもなく強いのだと聞いた。私がギルドに入る前のことではあるが、そのあまりの強さにギルドを内部分裂させたこともあるとか。
 噂とてんで違わぬその強靭さに、思わず笑いが漏れる。怪我も疲弊もない状態といえど、あのハデスと互角にやりあっている、いや、若干優勢ですらある。雷を纏った打撃の一撃一撃は重く、移動にも雷光の速度を利用しており回避も追撃も上手く立ち回っていた。すごい、あそこまで自らの属性を利用できるのか。私もあれくらい闘うことができたら。そんなことを考えた。
 多重魔法陣による攻撃すら潜り抜け即座に背後へと回り込みハデスへの攻撃。一切手を緩めないその様子は、まさに強者だ。
「ぐ、ふっ」
 しかし彼は突然膝をついた。そうか、躱したように見えたが、攻撃を潜り抜けただけ。きちんとダメージは蓄積されている。一撃でこちらが戦闘不能になってしまうような攻撃を、だ。それを好機と見て、ハデスは魔法を射出する。ああ、あれをくらってはいけない。いくら彼ほどの魔導士と言えど、あれを受ければひとたまりもない。
「避けろ!」
 彼はナツや周囲へ何か疑問を問いかける、しかしその内容すら頭に入らない。「当たり前だ」というナツの叫びの直後、彼は光弾に包まれ大きく吹き飛ばされる。
 一人立ち上がっているナツは、いつもの炎の他に雷を纏っていた。
 吹き飛ばされる直前、ラクサスという男はナツへ自らの魔力を、すべて受け渡していたのだという。つまり、あの攻撃を魔力なしの状況で受けていた。
「雷炎竜、百倍返しだ」
「……は、」
 ゾク、と背が粟立つ。常識はずれだ。馬鹿げている。それでも。彼の捨て身とも言える策は明らかに反撃への有効な一手となるだろう。そうだ、サポートしかできない自分がここでくたばっていてどうする。私も、私は。妖精の尻尾フェアリーテイルの魔導士だ。全力以上を出さずにどうする。全力出しきった程度で諦めてどうするんだ。

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