2-3 反撃への一途



「ナツたちがここに来るの
「ルーちゃんもウェンディも一緒なのね!」
 負傷者および戦闘不能者の多さに、雨という天候も手伝って意気消沈を光景にしたような簡易ベース。しかしやってきたパンサーリリーの言葉に少しだけ明るくなった。現在ここにいるメンバーのうちまともに動けるのはレビィ、リサーナ、パンサーリリー、アルテの四人だけ。エバーグリーン、エルフマン、ガジル、ミラジェーンは怪我が酷く寝かされている状態だ。アルテの治療により安定した状態ではあるが、体力や魔力の消耗が激しく皆眠り続けていた。魔力の譲渡を行い覚醒を促すという手も考えたが、身体に蓄積された疲弊はどうにもならない。彼らを起こすのは、錆びついた歯車を無理やり回すようなものだ。それにパンサーリリーの言葉からすればマスターも負傷しているという。いくらアルテの体内で異常なスピードで生成されている魔力とは言え、ここで魔力を使うことは避けたほうが良いだろう。もちろん、自己回復を促すような微量な魔力は受け渡しているのだが。
 アルテはどうすれば良いかを必死に考えている。もしも自分に、例えば戦術の素養があったらまともに戦えたら、とないものねだりをするくらいには、彼女には足りないものが多かった。それでも自分にできるのは皆の回復くらいだと目を瞑って治療に没頭している。
「皆で力を合わせよう」
「あきらめも大事さ」
 皆の決意を代弁したレビィの提案に水を指すように部外者の声が響く。先程ミラジェーンを戦闘不能に追い込んだアズマと同じ煉獄の七眷属の一人、ラスティローズだった。悪魔の心臓グリモアハートの一員であることはその腕章の模様からもわかる。敵だ。
 しかしながら、戦闘の得意なパンサーリリー、レビィ、リサーナには魔力がほとんど残っていない。そもそも、彼が先のアズマと同等なのであれば魔力が十全であっても撃退できるかどうか。こっちには身動きの取れない負傷者を庇いながら戦わなければならないというハンデすら存在するのだ。
「何だ
 そんな一触即発とも言える中、強大な魔力反応が島全体を揺らす。アルテも魔力量は多いほうだ。だが、一度にこれだけの魔力を操ることができるかと問われれば答えはノーだ。立ちはだかるラスティローズですら、「めんどくさいのが出てきた」などと冷や汗を垂らしている始末である。
「いや、失礼。それでは始めようか。闘い……いや、蹂躙と言ったほうが良いかな?」
 パンサーリリーに魔力を受け渡し、アルテは身構える。どのような魔法を使うかわからない。まずは様子見をしたほうがいいか、それとも先手必勝と仕掛けるべきか。私の魔力であれば大抵の魔導士であれば不意打ちとしてある程度のダメージは与えることができるだろうが……そう歯ぎしりをしながら考えるアルテの前、突然横からの攻撃でラスティローズが吹き飛んだのだ。
「んだてめえ等ァ!」
 不意打ちにも等しいその行動に乱暴に反発したラスティローズの視線の先には、見知った顔がある。フリードとビックスローだ。信号弾に気付いて戻ってきたという彼らは今この場において小躍りしてしまうほどに嬉しい援軍であった。戦闘に特化した彼らがいれば、或いは。
「オレたちはハナッから正々堂々なんてつもりはねえからよォ。二人がかりで確実に消すぜ」
「エバやオレの仲間たちを傷つけた罪。貴様にルールは適用しない」
 こちらまで震えるほどの殺意に満ちた彼らは、その宣言どおりラスティローズを圧倒していく。ラスティローズの魔法は具現のアーク。想像したものを自在に生み出すその魔法は無敵のようにも思える。しかしながらフリードとビックスローは的確に対処していく。まるでよくできた詰将棋だ。明らかにラスティローズの顔には焦りや恐怖が浮かぶ。しかしそれすら攻撃の手段として用いてくる彼は、流石七眷属といったところだろう。
 ゴゴゴ……と地響きをさせて何かが崩れていく。途端、優勢であったはずのフリードとビックスローが膝をつく。それどころか戦闘に参加していない四人でさえ急な脱力感に倒れた。半ば反則的な魔力量のアルテでさえ、それは同じだった。ごっそりと、まるで魔力の在庫が急に消えたような感覚。
「ハハハハハ!」
 ラスティローズは加減をしない。おそらく悪魔の心臓グリモアハートの誰かの仕業なのだろう。そのトリックを知っているのだ。
「っぐ、あ……!」
 一方的な蹂躙だ。サンドバッグどころではない。何があったのだ、と妖精の尻尾フェアリーテイルのメンバーは顔を見合わせることすらできない。アルテの治療も、魔力の譲渡も、使えないのだ。
「あ……?」 
 しかし。数分もしないうちに先程の不吉な地響きとは正反対、パアア、と慈愛を形にしたような魔力波が島の中心から流れてくる。一体何が起きているのだろう。マスターは「天狼島にいる限り命を落とすことはない」と言っていたし、その加護が不安定になっているのかもしれない。先程の不調は何だったのだろうか。しかし、魔力が戻ったのならば敵の撃退が先決だ。現状そのギミックがわからない以上、またいつ先ほどのような不調が訪れるかもわからない。
「いでよ! ディンギルの塔!」
 追い込まれたのか、ラスティローズは必殺技らしい魔法を使った。地面より巨大な塔を出現させ対象をその中に埋め込みそのまま破壊するという、攻撃と対象の足止め両方の性質を持った厄介なものだった。
「しまった、」
 戦闘中だったフリードとビックスローだけでなく、その攻撃はレビィとリサーナ、パンサーリリー、アルテにも及んでいた。まずい、と反撃の一手を考えた末、ビックスローは造形眼フィギュアアイズを使う手に出たようだ。それも、ラスティローズ本人ではなく、丁度眼を開けていたエルフマン。ビックスローの造形眼は見た相手を思いのままに操ることができる。怪我によって自分では動くことができなくとも、操られれば十分この状況を打破することができるだろう。
「頼む!」
 身構える隙も与えず、エルフマンの蹴りがラスティローズに炸裂する。魔力をまとわないただの打撃、しかしながら彼の集中を妨害する、即ち塔の建造をやめさせるには十分だった。
「フリード!」
 腕を鳥の羽にしたリサーナがフリードの踏み台となるように彼の足裏を強く蹴り、ラスティローズへと急降下する。
「行け、」
 思わず声に出ていた。現状、アルテができることはない。けれど、念じることくらいならば。
 さて、言霊とは東洋の概念であるが、その言葉によってか、アルテにはキリと冴えた頭の中、フリードに魔力が流れていく感覚があった。彼に伸びる透明な管が一瞬だけ見えて、けれどもえ? と瞬きをした途端に消えてしまう。
「闇の文字エクリテュール、滅!」
 今の感覚は一体、と考察する暇もなく、フリードの一撃がラスティローズに炸裂する。勝負はついたらしい、よかった、と息を吐けば突如がくん、と自由落下に身を任せることになる。
「あー、アルテ!」
 そう後ろから脚で挟むように抱えたのはリサーナだ。自分が落下していることにすら気付かなかったんだ、とアルテは少し笑ってしまう。
 しかし、先ほどの感覚は一体。もしかしたら、遠隔での魔力供給の糸口かもしれない。そんなことを考えながら、アルテはリサーナに礼を言ったのだった。
 
 □□□□□

「マスターにカナも負傷か」
 そう呟いたフリードも、決して無事というわけではなかった。治療を行ったと言えど、先の戦闘でかなり疲弊している。それはここにいる全てのメンバーが同じだった。なんとか辿り着いたナツとルーシィ、ウェンディ、シャルル、ハッピーも苦虫を噛んだような顔をする。
「大丈夫、天狼樹がなくとも命に別状はない」
「よかった……」
「すみませんアルテさん……私お役に立てなくて……」
「いや、ウェンディの処置が良かったおかげだよ」
 申し訳無さそうなウェンディにアルテはそうフォローした。世辞などではない。ウェンディの治癒魔法で応急処置が行われていなければこうもスムーズに安定させることができなかっただろう、特にマスターは。
 これからどうするか。死屍累々、満身創痍の状態だがなんとかして敵を打破しなければならない。相手は妖精の尻尾フェアリーテイルの魔導士を殺す気で来ている。ぽつりぽつりと意見を交わす中出た、チームを二つに分けてはどうかというパンサーリリーの提案に場の全員が頷いた。本当は全員で悪魔の心臓グリモアハートの本拠地……艦を叩くことができればベストだ。だがしかし、ここまで負傷者がいる中彼らを放置して行けるわけがない。しかも相手は未知のギルド。まだ幹部クラスが残っていないとも限らない。
 天候が荒れ雷すら鳴り始めた中、ナツは「ハデスを倒しに行こう」とルーシィとハッピーに提案した。それにウェンディとシャルル、パンサーリリーも続く。
「私も、良いだろうか」
 おずおずと、アルテは手を挙げた。戦力にならないことは百も承知だ。けれど、何もできないわけではない。例えば誰かが怪我をしたら治療ができるし、魔力の譲渡もできる。
「グレイとエルザさんが既に本艦にいるかもしれない。彼らの治療を行いたい」
 勿論魔力譲渡なんかのサポートもするつもりだ、と付け加えた。ナツが拒むはずもない。そうして現在行動できる者の内、フリードとビックスロー、レビィとリサーナは簡易ベースに残ることになった。防御の術式を構築するらしい。
「行くぞ!」
「おう!」
 そう叫び気を引き締め、いざハデスのいる本艦へ。アルテは寝かせられたギルドメンバーをちらりと見て、すぐにナツの後を追って駆け出した。自分にできることは十分にやった。彼らは大丈夫。大丈夫だ。リサーナたちを信頼するほかあるまい。
 
 
 雨の中、視界も悪い。耳も鼻も効かず五感を頼りにグレイを探すこともできない。闇雲に走るしか無いのか、と思った矢先、人影が見えた。ああ、こんなに喜ばしいことがあるだろうか。目当ての、グレイとエルザさんだ。二人とも支え合って立っているのがやっとなくらいの怪我を負っている。グレイに至っては腹部から出血もある。
「治療する」
 まずはグレイの傷を塞ぐ。出血のせいで彼のほうが程度が重い。胸に掌をぺとりとくっつけ、瞳を閉じる。魔力の譲渡は場数を踏んでいない。故に治療よりも集中が必要になる。譲渡とは言っても自分もかなりカツカツなので本当に最低限だ。魔力と生命力が直結する魔導士が、立って身を護る魔法が使える程度。そのくらいだ。そうしてエルザさんも同じように治療を行っていく。爆発による火傷と樹木にしめつけられたようなこの傷は……ああ、ミラさんをやったあの男を倒したのだろう。よかった、本当によかった。雪辱戦なんて言えるほど好戦的な性格はしていないけれど、あの強敵を倒してまだ動けるほどなんて、エルザさんは流石だ。
「助かる」
「いや、君たちを回復できてよかった」
 そう軽く返した。私にできることはこれくらいしかない。いざハデスと戦うことになれば足手まといにしかならないだろう。
 そうして皆で足並みを揃え、敵艦へと向かう。浜辺に停泊したその大きな船、その甲板に下からでも確認できるほどの人影がある。待ち構えているあれは、きっとハデスだろう。
「やれやれ、この私が兵隊の相手をする事になろうとはな」
 悪魔と妖精の戯れもこれにて終劇、と演者のように嘯いて、立っていた。魔力の質が、量が、その全てが桁違いだ。足が竦む。けれど立ち向かわなければならない。あれは、敵だ。私の仲間を、家族を、傷つけたのだから。アルテは思う。ギルドに入って日の浅い私だけれど、こんなあたたかな人たちを傷つけるなんて、間違っているのだ。 

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