2-2 無表情ゆえに



 彼女たちの他愛ない会話は、空に打ち上がった信号弾によって中断されることとなる。真っ赤な色のそれは、敵襲を示すものだった。
「敵ってどういうことなんだ?」
「でもあれエルザが持ってる信号弾だし間違いとかじゃないはずだよね?」
 三人はそう言い合いながらもピリ……と纏う空気を切り替えていた。いくら妖精の尻尾フェアリーテイルの聖地であり普段は探索すら困難だと言っても、今打ち上がった信号を無視するわけにもいかない。
「とりあえずここが集合場所よ。傷病者用のベッドを用意しましょうか」
 そう指示をしたのはミラジェーンだ。この三人の中では最年長、試験官という立場でもある。リサーナとアルテの二人は荷物の中から簡易式のベッドを出し組み立て始める。勿論アルテがいれば傷の手当は行えるのだが、それでも重傷者が即座に動き回れるようになるような反則的なものではない。極度の体力消費があれば当然休息が必要となる。そもそも怪我などなくここに集合し天狼島から離脱するのがベストなのだが、今彼女らが受け取ったのは「敵襲」という合図だけで、敵の強さや数もわからない。
「……?」
 アルテは聴覚が鋭い。滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーの特徴のひとつである五感の鋭さゆえだ。嗅覚を頼りに対象を追跡するなんてことも朝飯前である。そんなアルテが、ピタリと作業を中断しキョロキョロとあたりを見回し始めれば何かあったのかと思うのも当然だろう。
「どうしたの?」 
 そうリサーナが聞き終わるか終わらないかというタイミングで、テントの周囲にドドドッと鈍い音を複数響かせ明らかに敵意を剥き出しにした人々が現れた。いや、現れたというよりは「降ってきた」と表現するべきだろうか。三人が戸惑いを隠せずにいる間にも、テントを包囲する壁は増えていく。
「まさに敵襲って感じだな」
「ミラ姉、これ倒すの
「ええ。こっちにその気がなくても向こうがそのつもりみたいだし」
 おっとりと、しかしながらいつもより少しだけキリリとしたミラジェーンの言葉に、リサーナは魔法を発動させる。接収テイクオーバーアニマルソウル。姉のミラジェーンが悪魔、兄のエルフマンが獣に変身するのに対し、彼女は動物に変身することができる。多少威力は劣るが、スピードやその動物に応じた能力(魚なら遊泳力、鳥なら飛翔能力など)を得ることができる、応用の効く魔法だ。今回はネコに変身している。その俊敏さとしなやかさで大勢の敵を撹乱するつもりなのだろう。
「申し訳ないのだけれど、私は戦力として考えないでもらえる?」
 そう言ったのはミラジェーンだ。この中では最も強い魔導士であるのだが、先程試験として戦った際の魔力消費が激しかったのだろう。
「私とリサーナでなんとかできる!」
 アルテはそう言ってミラジェーンの前に立った。ミラジェーンの背中側にはリサーナが立っておりミラジェーンを守るような配置についている。アルテは戦闘慣れしていない。けれども、こういう「大勢の敵」を「周囲の損害を考えず」「魔力量に任せて行動不能にする」ことは大得意だった。
「なんだ、猫耳にモヤシに……女ども三人かよ」
「こっちは楽そうでよかったぜ」
 そう見た目通りの判断を下した有象無象に、三人はニヤリと笑いたい気分だった。相手が弱かろうと強かろうと、見た目に惑わされて油断してくれれば戦闘のやりやすさは格段に跳ね上がるのだ。たとえそれが最初の一撃だけだとしても。アルテも魔力を隠蔽したままである。
「氷竜の咆哮!」
 そうして一斉に襲いかかる敵に対し、アルテは咆哮を放った。攻撃の直前に魔力隠蔽を解いたせいで、攻撃を食らわなかった敵はどうしてアルテがそんな威力のある魔法を使えるのかわからない、という顔をしている。相変わらずの高火力、アルテの前方百度の範囲内にいる敵は凍りついてしまい行動不能になる。敵も油断を見せなければここまで戦力を削がれることもなかっただろう。
 攻撃を免れた人々は、その顔に困惑や恐怖、怒りなど様々な表情を浮かべていた。口々に「バケモノだ」「怯むな」「数じゃ勝ってるんだ」などと言いながら。
「助かるわ、アルテちゃん」
「いえ、同じ戦法は効かないだろうから……あとは頑張るしか」
「うんうん、大分楽になった!」
 荷物の中に入っていた木の棒を片手に言ったミラジェーン。そして襲ってきた敵魔導士を引っ掻きながらリサーナはそう言った。ここからは乱戦になるだろう。アルテもその身体の小ささと身軽さを活かしながら、ミラジェーンとリサーナを巻き込まないような位置を模索していく。

 しばらくして一団を鎮圧した三人のもとに、男が訪れる。
「やれやれ、ネコと子供の次は女かね」
 そう気怠げに言った茶髪の壮年男性は今まで相手取ってきた烏合の衆とは段違いの魔力を有していた。男の名はアズマ。天狼島を襲撃した悪魔の心臓グリモアハートの煉獄の七眷属と呼ばれる幹部の一人だった。
「下がってて、こいつは危険よ」
 そう言って、ミラジェーンは戦おうとするリサーナとアルテを牽制した。
「庇い合いかね、美しいね。だが」
 パチパチと拍手をするようなポーズを取った男は、そのまま手を前方に翳す。一ミリも動いていないまま、その手の先に爆発が起こる。手を翳した以外に何のモーションも見せず、いきなり起こった爆発に三人は受け身も取れず吹き飛ばされる。「子供や女ばかりではまるで力が出せんね」と言いながらもこの威力である。
「ミラ姉! サタンソウルを」
 リサーナはそうミラジェーンに言った。サタンソウルを発動したミラジェーンであれば、この男を倒すことも可能だろう、そうアルテも考えていたところだった。
「そう何度も使える魔法じゃないのよ」
 二人の言葉にミラジェーンは苦虫を噛み潰したような顔で言う。先ほど試験のためにかなりの魔力を消耗してしまっていたのだ。しかも、やってきたアズマを倒せるほど、となると全く別問題だ。もし万全の状態だったら、或いは。そんな考えをするくらいの強敵だった。
 そんな三人の様子をよそに、アズマはハ、と何か気付いたような表情をする。魔人ミラジェーン。どこかで聞いたその名を思い出したのだろう。そして彼女と闘いたい、と申し出たのだ。気が狂っているといっても過言ではないその発言に、しかしミラジェーンは首を振った。魔力が足りないうえ、リサーナの前ではどうしても尻込みしてしまうのだ。このような二進も三進もいかない状況であっても。
「こんな事はしたくないのだがね」
 煮え切らないミラジェーンに痺れを切らしたアズマは、自らの魔法でもってリサーナとアルテを拘束した。特にリサーナの方は拘束する樹木の表面に魔法陣が現れており、中には徐々に減っていく数字が表示されている。
「三分後大爆発を起こす」
 そう宣言したアズマは、ミラジェーンを挑発する。リサーナも、また爆発を起こさない方であるアルテも拘束から抜け出すことができない。ミラジェーンは卑怯者、とアズマを罵って、サタンソウルを解放した。
 アズマに、まるで迅雷の如きスピードで重々しい蹴りを入れたミラジェーン。「最高だね」と呟いたアズマは、笑みすら浮かべながらミラジェーンと嵐のような闘いを繰り広げていく。
(……魔力の譲渡を、遠隔で常時行うことができれば)
 身動きが取れず口元も覆われてしまったアルテ。だがしかし魔法が使えないわけではないので、そう歯ぎしりをしていた。アルテは魔力の譲渡を行うことができる。そうすれば、リサーナを気にする余り若干押されている彼女をサポートすることができるのに。残念ながら魔力の譲渡は至近距離、対象と接触していなければ行えないのだった。自分の能力の至らなさが悔しくて仕方がない。どうにかできないか。じっと意識を集中して、驚異的なスピードで戦闘を行うミラジェーンを見つめる。例えば管を伸ばすようなイメージを。魔力の輸送を行うようなイメージを。
「ミラ姉!」
 アルテがそんなことを考えていると、戦闘の最中だというのにミラジェーンは突然アズマに背を向けてリサーナに向かって飛翔した。そうしてサタンソウルを解除する。
「くやしいけど、アイツを倒すだけの魔力が残ってない」
 ごめん、と小さな、彼女らしくない弱気な言葉とともにミラジェーンはリサーナを抱きしめた。そうこうしているうちにもリサーナを拘束する樹木のカウントは減っていく。
 アルテはその様子に思わずばきり、と猿轡のようになっている木を噛み砕いたがもう遅い。足掻きも、何も現状を好転させない。
「あなただけは二度と死なせない」
 今までで一番の爆発とともに、リサーナの悲痛な叫び声が響く。かなり離れた位置にいたアルテですらダメージを負うレベルの爆発だった。
 煙が晴れれば、円形に抉れた地面と、その中心に倒れる二人の姿があった。その様子をまるで失望したかのような目で一瞥して、アズマは去っていった。途端、アルテの拘束も解かれる。
「ミラ姉……」
 そう虚ろに姉の名前を繰り返すリサーナの元に、アルテは急いで駆けつけた。
「アルテ、アルテ。ミラ姉が、ミラ姉、ねえ起きて……」
「リサーナ落ち着け、息はある。大丈夫だ、落ち着け」
 気が動転しているのはアルテも同じだ。それでも、目の前で姉が重傷を負ったリサーナをこれ以上傷つけるわけにはいかないとアルテは冷静に判断を下していた。先程魔力を譲渡できなかった歯痒さを発散するように、アルテはミラジェーンを治療する。私が不甲斐ないばかりに、弱いばかりに。表情には出ないもののギリ、と奥歯を噛んでいた。
「大丈夫だ、もう傷は全部塞がった。ベッドを作ろう、な」 
 一通り傷を塞いで自己回復を促すように魔力を受け渡した後、アルテはリサーナにそう提案した。考えたくはないが、あの男のような強い魔導士がまだ他にもいたら。負傷者が増える可能性も考えられる。
「……うん」
 涙を乱暴に拭って、リサーナは頷いた。ああ、恨めしい。アルテは後悔とは別にそう思っていた。顔に表情が出なければ、傷心の相手を安心させることも、できやしないのだから。 

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