2-1 回復役(ヒーラー)



「アルテはおるかの」
「マスター、私はここだ」
 カウンターの向こうからミラジェーンに声をかけたマスターに対して、アルテは直接手を挙げてアピールした。業務の途中だがマスターの呼び出しとあれば致し方ない、とミラジェーンにぺこりと一礼してから、アルテはマスターのもとへ向かう。ちょいちょい、と手招きをされた先は医務室。現在誰も利用している者はおらず、おそらく他の者に聞かせたくない話があるのだろうと推察するに容易い。
「……何か問題を起こしてしまっただろうか」
「いいやその逆じゃ。親子から感謝の言葉が届いとるわい」
 感謝……と少し考えて、アルテはあの親子か、と思い当たる。数日前に鎮火して怪我の治療を行ったあの親子だろう。しかしそれがどうしたのだろうか、これだけならば別にカウンターバーでも問題ないはずだが……と首を傾げる。
「お主、なかなかの魔力量のようじゃな。それ故治癒魔法もかなりの精度と見た」
「改造された魔水晶ラクリマが入ってるんだ。魔力量だけなら…」
 実戦経験はないけれど、魔力量に物を言わせる方法ならばアルテは大得意だった。回復魔法もそれに同じ。魔法なんてのは精密な操作が必要なものもあるが、膨大な魔力をぶつければ案外どうにかなってしまうものもある。発想力がものを言う、と言われるほど、結構脳直で生きている人間にも適性があるのだ。
「本題に入る。今度行われるS級魔導士昇格試験、同行してほしい」
「S級魔導士昇格試験……」
 マスターの言葉の聞き慣れないフレーズを反芻したアルテは、少し考える。S級、とはエルザさんやミラさんのような強力な魔導士のことだ。それを今はその資格を持たない者から選抜する、といったことだろうか。それならば私が行く理由は何だろうか。私は加入したばかりだし、ナツたちに比べれば弱い。私が受験者ではないはずだ。
「なぁに、ちょっと回復役を頼みたいだけじゃ。そんなに気張らんでも良いわい」
 今回選ぶ奴らは、いや毎回そうなんじゃが特に今回は血の気の多いガキ共じゃからのう。そう付け加え、マスターはにか、と笑ってみせた。強さの勝負なら、それは怪我もあるだろう。確かにマスターの判断は正しい。
「天狼島ゆえにギルドの紋章を刻んでおれば命を落とすことは無いが……まあ、動けなくなっては困る」
「お力添えできるなら光栄です。もちろん同行します」
 このギルドに加入して数ヶ月も経っちゃいない。けれどこんなにあたたかなところで日々を送れている幸福の恩返しができるならそれに越したことはない。マスターも、私の身の上を根掘り葉掘り聞かずにいてくれている。それぞれが何かを抱えているのだから、と。それがアルテにとっては大変ありがたかったのだ。

 □□□□□

「アツい!」
 S級昇格試験へと向かう船の上、ルーシィはそう吐き出すように言った。冬だというのに真夏のような天候に、水着姿になっても溶けてしまいそうなくらいだ。一部を除き他のメンバーも同じような格好をしている。
「あつい、あついですね……へへ……」
「つーかお前はなんでここにいるんだよ」
 すっかり服を脱いでしまっているグレイが、文字通り融けているアルテに言った。アルテの身体は氷でできている。暑い日差しは一番の天敵だった。
「医療班だよ医療班。回復だけは得意だからなー」
「その前にアルテさんが要救助者ですね……」
 状態異常無効かけましょうか?と提案するウェンディを制止して、アルテは手をひらひらと振ってアイムオーケーアピールをする。が、いつもぴょこぴょこ弾み水に濡れてもそのままなアホ毛ですらくたりとへたってしまって口調すらあやふやな彼女はどう見ても大丈夫ではない。しかしながらウェンディはメストのパートナー。ここで魔力を使わせるわけにもいかないし、とアルテは付け加えた。
「あ」
 遠くではあるものの、島が見える。そこには一本の大きな樹木がそびえており、まるで二階建ての島のような様相を呈している。これには融けかかっていたアルテも心を奪われた。マスターからの説明通り、霊験あらたかな場所であることは本当らしい。
「あの島にはかつて妖精がいたと言われていた」
 上から振ってきた声に全員が振り向く。マスターだ。その少々浮かれたアロハシャツからはかけ離れた声色で試験の説明を行っていく。八組のうち、四組が別の組と戦う。三組はS級魔導士との勝負。そしてもう一組は何もせず一次試験を通過できるというものだ。アルテもへえ、と耳を澄ませる。マスターから聞かされたのは天狼島で試験を行うということだけだったため内容は知らなかったのだ。
 そうして試験開始の号令がかかり、皆銘々に島へと向かっていくフリード達による妨害はあったものの。

 □□□□□

「レビィ、君が静のルートだったのか?」
「うん! まあガジルは不満っぽいけど……」
 全員が船から出たのを見届け、それからアルテはマスターと共に一次試験突破者が集合する空き地へと向かった。既にいたレビィとガジルは、おそらく道をただ歩いただけ、つまり誰とも闘わないルートだったのだろう。医療班としてここにいるが、流石にこの二人はその必要はなさそうだ。彼らも問題ないと言っていることだし。
 アルテはこの場で合格者の治療を行った後、脱落者や負傷者が集まる簡易ベースに向かうことになっている。二次試験の途中でも負傷があれば来ることになっている場所だ。そこなら雨を凌げるテントや必要最低限の生活道具……まあキャンプ用品、とでも行ったほうがいいか。試験官であるミラジェーンやエルザも一次試験が終了次第行く手はずになっているし、料理も用意するとのことだった。
 レビィとガジルが二次試験についての作戦会議(内容は知らされていないので全く役に立たない可能性すらある)を行っている間に、一次試験を突破した者が続々と集まってくる。カナとルーシィはフリード・ビックスローを、ナツとハッピーはギルダーツを、グレイとロキはメスト・ウェンディを突破。ここまでで大きな怪我があるのはナツだけだったので、アルテは即座に治療を行った。しかしながら気になるのは外傷ではなくその態度。いつも騒がしいあのナツが、何か煮え切らないことでもあったのか考え事をしているように静かなのだ。これには他のメンバーも対応に困っていた。
 こうして一次試験突破者が揃ったと思われたところで、マスターによる結果発表が行われる。結果によれば今いないエルフマンとエバーグリーンのチームはミラジェーンと当たったことになる……と若干哀れみや道場すら感じる空気を合格者が醸し出す中、「ちょっと待てーい!」と野太い声が飛び込んでくる。エルフマンだ。
 這々の体で、互いに支え合わなければならないほどに疲弊してやってきた二人。詳細を聞けば「それは言えん! 漢として」「一瞬のスキをついたとだけ言っておくわ」などという曖昧な反応しか得られなかった。そうしてマスターが一次試験の総括や二次試験の説明を行っている間に、アルテは二人の怪我の治療を行う。マスターとの取り決めにより魔力の譲渡を行うことはできないため、ただ外傷を治療するだけだ。この二人は特に魔力の消耗が激しいが……まあ試験だから致し方ない。二次試験を続行できる程度ではあるだろう。

 □□□□□

 天狼島簡易ベース。ここには脱落者であるジュビアとリサーナ、メストとウェンディ、フリードとビックスロー、そして試験官だったミラジェーンとエルザ、ギルダーツ、医療班のアルテが集まるはずなのだが。ギルダーツとフリード・ビックスローは既にギルドに戻っており不在、メストとウェンディは未だ簡易ベースに来ていない。それを心配したジュビアが探しに行きます、と提案する。
「ならば私も行こう。ミラとリサーナ、アルテはここにいてくれ」
 そうエプロンを脱いでエルザも準備を始めた。ジュビアとしてはきっとグレイの元へ急ぎたいのだ。ウェンディ探しは二の次なんだろうな、とアルテは想像していたので内心少しだけジュビアに同情した。戻ってきたらグレイの幼い頃の話をしてあげよう。
「うんうん、美味しくできたわ。アルテちゃん、味見どう?」
「勿論!」
 ミラジェーンの作る料理は絶品だ。簡易ベースという設備の不十分なこの場所でもそれが変わることはない。その証拠に先程から汁物の煮立つ美味しそうな香りが周囲に満ちていた。ずず、とスプーンで掬って一口。それだけでアルテは幸せな気分になる。羨ましい才能だ。アルテも給仕としてバイトしているため時々料理を担当することもあるが、彼女には到底及ばない。教わっても教わっても、叶う気がしなかった。
「美味しい……さすがだな、ミラさん」
「でしょー! ミラ姉の料理は最高だもんね!」
 アルテと同じように味見をしたリサーナも、アルテの声に同調してそうミラジェーンを褒める。ミラジェーンは照れるわね、と言いながらまんざらでもなさそうな笑顔を見せる。彼女が魔人と恐れられるなど、誰が予想できようか。
「あ、そういえばさ、アルテってグレイの幼馴染なんでしょ? グレイのこと好きなの?」
「確かに気になるわね。リサーナとナツみたいなものなのかしら?」
「ちょっとミラ姉! 私に飛び火させないで!」
 突然のリサーナの質問に、アルテは言葉に迷う。確かにエルフマンとエバーグリーンが結婚するという話を聞いた、というミラジェーンの話が先程あったけれど、まさか他人、しかも自分へそれがパスされてくるなんて思いもよらなかったのだ。
「友人としては好きだ。恋愛感情……とかはよくわからん」
 極力けろっと何事でもないように返答をしたアルテだったが、それは間違いなく本心だった。グレイのことは好きだ、幼馴染として、頼れる仲間として。ただ、そこに恋愛感情があるか? と問われればどうにもわからない。何しろアルテは心身ともに成長する期間、実験材料として扱われていたのでそのような心の機微を理解できなかったからだ。まあ、昔も昔、あの街が滅ぶ前だったら、恋なんてものも双方向に抱いていたかもしれないけれど。
「だがまあ、グレイにはジュビアがいるし……」
「それ! そういうの良くない! 尻込みなんかしちゃダメ!」
 リサーナの突然のツッコミに、アルテの飛び出た髪がびん、と一瞬だけ真上に伸び上がる。表情がなくてもわかりやすいのよね、とミラジェーンはそのアホ毛をつっつきながら彼女の頭を撫でる。
「そうね。恋愛的に好きかどうかわかんないってことは、恋愛感情があるかもしれないってことだもの」
「み、ミラさんまで……」
 リサーナを宥めてくれると思っていたミラジェーンまでもが敵に回り、アルテはどうすれば良いかわからなくなる。そんな一日二日で決着を付けられる感情でもなしに、こんなところで聞かれても困ってしまう。
「私はグレイ、アルテのこと好きだと思うんだけどなぁ」
「そ、それは無いと思うぞ」
「ふふ、ところでリサーナはどうなのかしら?」
「だからミラ姉! 飛び火させないでったら!」
 きゃいきゃいと恋愛話に花を咲かせる妖精が三人。この後、恐怖が訪れることを知らないまま、姦しい会話は続いていくのだった。

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