1-3 グレイとアルテ



「おい大丈夫か
 ドタドタバタバタと足音を立てて温室に入ってきたのはナツ。ルーシィ、グレイにハッピーもそれに続く。
「何か騒がしいし評議院も来るし……」
「ルーシィ悪いことしたんじゃないの?」
「してないわよ!」
 評議院に連行されていくドロシナを横目にルーシィとハッピーは相変わらずのやり取りをしていた。大勢の評議院の中にいるというのに肝が太いものだ。魔力保存研究支部の人体実験の可能性はかなり前から噂されており、尻尾を出すのを今か今かと王国は待ち望んでいたのだ。今回の依頼を受注した時点で既に準備はできていたというのだから驚きだ。支部長であるドロシナの連行、研究所内の捜索、被験者の保護。静かだった温室が、大勢の喋り声により喧騒に飲まれていく。もうじき妖精の尻尾のメンバーも軽い事情徴収を受けた後にここを追い出されるだろう。
「……氷?」
 先程、ウェンディたちの拘束を解いた魔法のせいか、まだ空気中には細かな氷の粒や魔力の残滓が漂っていた。同属性の魔法を扱うグレイにとって、それを感知することは造作も無いことだ。
「ええと、それはですね」
「……グレイ」
 ウェンディが口を開いて説明しようとしたことのあらましは、アルテの凛とした呟きにかき消されてしまった。
「……アルテ」
 それに呼応するようにグレイもアルテの名を呼んだこの研究所で、彼は初めてアルテを見たというのに。
「グレイ、よかった、生きてたんだな、ああ、人違いじゃなかった、よかった、」
 まるでマリオネットの糸が切れてしまったかのようにアルテはがくん、とへたりこんでしまった。グレイはアルテにじわりと歩み寄り、目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。本当に彼女なのか、二度と会えないと思っていた、よかったそんな言葉が一度に喉を震わせようとして出口で詰まり何も言えないでいるグレイ。二人は、幼馴染だった。

 グレイの故郷は、デリオラによって破壊されてしまった。生き残りは彼しかいないはずだった。それなのに、少し背が伸びて表情が薄れている以外はあの街で遊んだままの彼女がここにいた。あり得ない、と疑うより先に再び会えた感動で彼の頭は全く回らなかった。
 アルテが生きていたのは、こういうわけである。街がデリオラから襲撃される直前、アルテは両親を事故で亡くしていた。そうして同じ街に住んでいた親戚の男に引き取られることになるのだが……親戚とは言っても血縁関係はかなり遠いものだった。面倒だ、とアルテを研究所に売り払ってしまったのである。アルテは幼い頃から魔力量が多く、年寄りの町医者からも驚かれていた。幸い魔力過多による身体の不調はなかったようだが。それを聞いていた男は魔力量の多い子供を探しているというマッドサイエンティストの噂を聞き付けて、という話だ。周囲には遠くの学校へ進学させたと言っていたようではあるが。幸か不幸か、アルテはそうして難を逃れることになったのだ。ただ、待っていたのは地獄もかくやの研究所だったのだが。

「グレイのことだったのか」
 エルザは柔らかに笑って彼らを温かな目で見つめている。シャルルも同様の仕草、ウェンディは涙すら浮かべている始末だ。対照的にアルテの名も知らないナツとルーシィ、ハッピーは首をかしげるばかりである。まあ、どうやら感動の再会であることは理解しているようだが。
「グレイ、君は今魔導士なんだな」
「あ、ああ。妖精の尻尾フェアリーテイルにいる、お前も来るだろ」
 あの冷静なグレイが支離滅裂な発言をしているのを見て余程嬉しいのね、とシャルルは少しだけ嬉しそうに呟いた。
「アルテ。グレイの言うとおりだ、その魔力、是非ウチで生かしてほしい」
「お取り込み中申し訳ない、実験番号百二十一とはアルテ・ザミェル。あなたのことで間違いありませんか」
 評議院の一人がそうアルテに声をかける。空気を読みたかっただろうが、彼らも仕事だ。申し訳なさが顔に滲み出ている。
「ああ、私がアルテ・ザミェルだが」
「被験者の一人として検査やお話を伺いたいのですが」
 構わないよ、とアルテは軽く返答をして立ち上がる。
「三日ほどで終わるでしょう。その後は自由にしていただいて構いません、被験者は王国で保護をすることも検討しておりますが……」
「いえ、私は、彼らの元に行きます」
 透き通ったアルテの声は、室内に響いて一瞬だけ場の時を止めたように静まり返らせた。
「おお! 仲間が増えるのか!」
「アンタ何もわかってなかったでしょ……」
 ナツのあっけらかんとした能天気な声に、場は再びざわめき出す。じゃあまた、とアルテは手を振って評議院に連れられて行く。
妖精の尻尾フェアリーテイル、だな? 待っていてくれグレイ」
 にこり、と確かに、アルテは笑ってみせた。

 □□□□□

「じいさん、こいつギルド加入希望だ」
「ん、グレイの知り合いか? ふむ……」
 評議院の言ったとおり、アルテは数日後に妖精の尻尾フェアリーテイルを訪れていた。グレイはそれを心待ちにしていたようで、ここ数日はずっと朝から晩までギルドに居座っていた始末である。上機嫌ではあるもののどこか上の空なその様子は、彼を恋い慕うジュビアがクエストに出ている間でよかったと言わざるを得ない。
「ほらアルテ、挨拶」
「はっはい! アルテ・ザミェルと、いいます」
 声の裏返ったアルテは、相変わらずの無表情ではあるものの動揺や緊張が見え透いていた。研究所という部外者がほとんど来ない閉鎖環境でずっと過ごしたせいで、どうも初対面の相手と喋るのは苦手だった。それも随分と歳の離れた相手となれば余計に。
「ええと、魔法、は。回復とか、魔力の譲渡。サポート中心にはなると思うが……その、」
「良い良い、別に入団テストなんぞないからの」
 ニカ、と笑顔でそう言ったマスター・マカロフに、アルテも少しだけ緊張が解れたようだった。
「待て、お前氷魔法使ってなかったか?」
「あ……ええと、一応、氷の滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーでもあるが」
 直接目撃していないものの魔力の残滓、それにエルザ達から聞いた話では彼女は氷魔法を使ったという。それを思い出し指摘したのだが、アルテの口から飛び出したのは予想を遥かに超える爆弾発言だった。新入りはどんな子かと聞き耳を立てていた連中も、グレイも、そしてマスターも息を呑んだ。滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーなんてそうそういるものではない。それなのにその四人目―現在破門されている男を含めれば五人目だが―が、ここに加入すると言うのだ。周囲は一瞬だけ静寂に包まれ、それからどっと湧いたように歓声が上がる。まあそもそも新入りがいるならどんな魔導士であろうとどんちゃん騒ぎで歓迎するのがこのギルドなのだが。
「いや、その、滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーと言っても、魔水晶ラクリマ入れてるだけで……あまり使いこなせていないんだ」
「そうじゃったか」
 その報告にマカロフは少しだけ顔を曇らせた。別にアルテに対するものではない。同じように魔水晶ラクリマを体内に埋め込んで滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーと成った、現在はすでにこのギルドにいない自らの孫のことを思い出しているのだろう。
「あの、私は……ここに入っても良いのだろうか?」
「勿論じゃ」
 不安げな声色のアルテに、マカロフは今度はにっこりと穏やかに言った。そうと決まれば、とグレイは早速アルテの手を引いてミラジェーンの元へ連れて行く。ギルドマークを入れてもらうためだ。
「あの、グレイ」
「何だアルテ」
「あ、ありがとうな。こんなあたたかいところへ誘ってくれて」
 人が多いことや騒がしいことには慣れていないしここへ来て十数分の身だけれど良い場所だと言うことは十分伝わっている。アルテはそう付け加えた。家族ごと故郷が消えてしまった彼がここへ辿り着いていたのなら、それは喜ばしいことだと安堵の溜息を吐きながら。そんなアルテにグレイは何やら心の底をくすぐられているような気分になり、照れ隠しにアルテの頭をぐりぐりと撫でた。飛び出た毛束が嬉しそうにぴょこぴょこと跳ねる。
「恋敵……?」
 そんな微笑ましい二人にまさに水を差すようにじっとりと声を響かせたのはジュビア。色白で、カールした髪が可愛らしい、そしてグレイに並々ならぬ熱を向けるこのギルドの仲間だ。
「ジュビア、帰ってきたのか! こいつはアルテ。オレの幼馴染だ」
 まだアルテの頭を撫でながら自慢げに紹介する様子は、クールな彼にそぐわない。何やら子供らしい一面が見れた気がする……と少しだけ心をときめかせたものの、ジュビアは幼馴染、という言葉にあまりに鋭く反応した。
 幼馴染といえば、まず恋心を抱きやすい相手だ。幼馴染と恋に落ちる話なんて掃いて捨てるほど存在する。ジュビアは知っている。更に言えば、自分の知らないグレイ様を知っているということがとても羨ましくて、恨めしい。
「君は、グレイの恋人なのだろうか?」
 そんなジュビアのどろどろぐらぐらした思考を一瞬で吹き飛ばしたのは、他ならぬアルテだった。
「随分と綺麗で可愛らしい人だな! グレイをよろしく頼む。いや私がグレイと共に過ごしたのはうんと幼い頃だからこんなこと言える立場でもないんだが……」
「待て、待てアルテ」
「ここここ恋人だなんて……ジュビアそんな風に見られているのね……」
 焦るグレイにすっかり幸せそうなジュビア。対照的な二人の反応にアルテは首を傾げる。どうやら発言を誤ったことは間違いないようだ。
 まあ何にせよ。こんな楽しいところがこの世界にあるなんて知らなかった。十年という月日に、世界観さえ麻痺させられていたようだ、とアルテは心の内で少しだけ自嘲して、これから始まる人生に、一度は諦めかけた人生に、胸を躍らせたのだった。 

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