1-1 王魔研



「な、何かしらこの怪しいくらい好条件なクエスト!」
 クエストボードの前で、ルーシィはそう声を上げた。訝しむような言葉とは裏腹に声色には嬉しさが滲み出ている。それもそのはず、彼女が注目したクエストというものはただ研究所で魔力の測定をするだけというもの。しかも支払いは一人当たり二十万ジュエル、移動費別途支給というのだから。いくら気前の良い大富豪でもここまでの条件はあまり見ない。特に家賃の支払いに追われるルーシィにとっては、注意事項も読まずに受注したくなるようなものだった。まあ、それは彼女だけには限らないのだろうが。
「わー、またルーシィの目がお金になってるぅ」
「そんなことないわよ! ね、アンタ達も行くでしょ?」
 ハッピーの若干毒を含んだ物言いを軽くいなして、ルーシィは早速その依頼書を周囲の目の前に突き出して見せた。
「『研究所の調査及び研究協力』…ひ、ひとり二十万ジュエル
 早速内容を読み上げて驚きの悲鳴を上げたのはウェンディ。いち、にい、さん、と何を数えているのか目をぐるぐると回しながら指を折っている。それもそのはず、この依頼はその報酬でありながら所要日数は1日だけなのだ。場所はギルドのあるマグノリアから離れているため日帰りとはいかないが、それでも3日で戻って来ることができる。
「ウェンディ、こういうのはあまり良くないって相場が決まっているのよ! しっかりなさい!」
 混乱状態にあるウェンディの頭をぽふ、と肉球でつついてシャルルは言った。ウェンディよりも現実主義者な彼女はこんな依頼、とクエストボードを一瞥して頭を抱えている。確かにシャルルの言う通りかも、とウェンディも考え直しているようだ。正規のギルドに来る依頼である以上ちゃんとしたものが多いのだが、稀に審査を潜り抜けてしまうものもあるのだ。依頼者が洗脳されていたり、そもそも勝手にやってきた誰かが貼って行ったものだったり。近所の子供の悪戯というのも少なくない。
「あ、やっぱりルーシィ達が行くのね。それ、怪しくなんかないのよ」
 依頼元を見てみて。そう後ろから声をかけてきたのは妖精の尻尾フェアリーテイル看板娘のミラジェーン。皆をサポートする縁の下の力持ちの、安心できる優しい笑顔だ……もちろん、今は進んでサポートをしているだけで戦えば手のつけられないほど強いのだが。
「依頼元……? って王魔研じゃない!」
「逢魔拳……強そうだな!」
 オーマケン、と聞き慣れない言葉を反芻・おかしな変換をして目をキラキラさせているのはナツだ。
「王立魔法研究所のことだっての。馬鹿だな」
「うるせえなちょっと知ってるからって!」
 反応して(煽り気味に)補足したのはグレイ。ナツとは犬猿の仲なので、こんなよくある会話を皮切りに取っ組み合いの喧嘩が始まるのもいつものことだった。
「ええいやめんか!」
 喧嘩両成敗、と双方の頭に一発ずつ食らわせるまでもなく声だけで二人を制したのはエルザ。緋色の髪の、鎧を纏った女魔導士だ。
「……でもミラさん、どうして王魔研が?」
 一連の流れをあはは……と困り気味に眺めた後、思い出したようにルーシィはミラジェーンに聞いた。王立魔法研究所といえばこの国の魔法研究を牽引する部署である。その名の通りフィオーレ王国が運営しており、国の発展のための研究に日夜勤しんでいる。例えば魔水晶ラクリマの使用方法や医療、自動運転の魔道四輪などなど。全ての国民の生活を向上させることを目的としたそこは、全国の研究者の目標にもなっている。そこで研究することは研究者としての誉なんだとか。そんな素晴らしい研究機関、黒い噂なんか聞いたこともない。それに王立なんだから調査は評議院に任せたらいいのに。ギルドなんていう外部に依頼が来るのはちょっと変じゃないのか、というのがルーシィの意見だった。
「ちょっと複雑な事情があるみたいなの」
 そうミラジェーンが語ったものを要約すれば、以下のようになる。
 ある支部が非道な人体実験を行っている可能性がある。何度も調査を行ったが証拠を掴めず、またどうも記憶操作をされているらしく評議院所属の者ではどうにもならない。依頼は定期的に一般市民や魔導士相手に行っている魔力調査を受け、裏でその証拠を掴むこと。
「結構難しくないですか……?」
 ウェンディは不安げな声を上げた。乗り気だったルーシィも同じような表情だ。
「証拠を掴む、ってのがかなり曖昧よね……研究所だから実験レポートか何かを持ってくればいいのかしら……それも改竄されてたらどうしようもないし……」
「まあ行ってみりゃいいだろ!」
「うむ。それもそうだ」
 対照的なのはナツとエルザ。最終的に力でどうにかできる依頼ではないような気もするのだが、彼らはそうする気満々である。
「というわけでミラちゃん。これオレ達が受注する」
 グレイはそう言ってクエストの受注を決定してしまった。メンバーはナツ、ハッピー、ルーシィ、グレイ、エルザ、ウェンディ、シャルル。まあ、よく見るいつものメンバーだった。彼らなら問題ないわよね、とミラジェーンも受注のハンコを押した。
「ええ、じゃあ気を付けてね」
 いってらっしゃい、と小さく手を振るミラジェーン。彼女はいつもこの笑顔でギルドのメンバーを送り出していた。
「あ、ナツ。これ汽車で片道4時間だって」
「えっ」
「大丈夫ですよナツさん、ちゃんとトロイアかけてあげますから……」

 □□□□□

「おや、今回協力してくださる方は魔導士さんですか。それも妖精の尻尾フェアリーテイル!噂には聞いております」
 応接室と思われる部屋で、そうにこやかに彼らを迎えたのは柔和な笑みを浮かべる白髪の壮年男性。猫背で分厚い眼鏡に白衣、口ひげと、いかにも「研究者」と言った身なりである。
「今日はよろしく頼みます。私はエルザ・スカーレット」
 絶対噂っていい噂じゃないでしょ! と若干の後ろめたさを感じているルーシィをよそに、エルザを始めとした他のメンバーは自己紹介を済ませていく。
「ええ、ええ。存じておりますとも。申し遅れました。私、王立魔法研究所魔力保存研究支部の支部長を務めているドロシナと申します」
 にこり、と人畜無害な顔をしてエルザと握手をしているドロシナは、研究者と言われて想像する気難しさや偏屈さを微塵も感じさせない。ウェンディに至っては、人体実験の疑いがあるなんて嘘なんじゃないかな? などと考え始めていた。
「さて、今日皆様に行っていただくのは『魔力量測定と魔法発動時の変化に関する調査』です。なんてことはありませんよ、椅子に座って十分ほど測定した後、別の部屋で測定器具を付けたまま魔法を発動していただくだけです」
「そんなに簡単でいいんですか」
 ルーシィは思わず声に出した。想像していたものとはあまりにかけ離れていたからである。まあ、ルーシィの想像といえば、以前小説で読んだマッドサイエンティストの話に影響されていたのだけれど。
「はい。しかしながら器具に限りがありますので二つのグループに分かれていただきます。片方が研究を行っている間、もう片方にはうちの見学を行っていただければ、と思っておりますが……よろしいでしょうか?」
「問題ありません。では……そうだな。私とウェンディ、シャルルが先に見学させていただこう」
 エルザは班を決め、ルーシィに目配せをした。見学の際に調査を行おうという心づもりらしいことはそれで彼女に伝わっていた。まずはエルザとウェンディ、シャルルが見学をしながら怪しい箇所に目星をつけ、ルーシィ、ナツ、ハッピー、グレイが詳しく調べる作戦で行くらしい。ルーシィとしてはメンバーに不安はあるが、それが一番良いやり方だろう、と意見を飲み込んだ。
「わかりました。それでは案内の者を寄越しますので、それまでお待ちを。他の皆様は私についてきてください」
 つまんねえな、と言いたげなナツをエルザは一睨みして、大人しくするよう言い聞かせる。怪しい研究をしているとはいっても王立の研究所、暴れてデータや器具の破損があっては一大事だ。
 

 第一陣を見送り閉まった扉を確認してウェンディはほ、と息を吐いた。いくら優しい雰囲気の相手と言っても公的な施設で年上相手というのは非常に気を使うものである。
「ウェンディ、まずは我々で調べる。気になるところがあれば教えてくれ。その鼻と耳、頼りにしてるぞ」
「っは、はい!」
「緊張しすぎよ」
 ウェンディは天空の滅竜魔導士ドラゴンスレイヤー、五感が通常の人間よりも遥かに優れている。確かに調査には向いているだろう。采配ミスでは? とルーシィは感じていたが、同じ滅竜魔導士ドラゴンスレイヤーであるナツと分けることによってより詳しく調査を行うことができる。流石である。
 深呼吸をして落ち着こうとしているウェンディをよそに、コンコン、と扉がノックされる。吸い込む具合を間違えてげほげほと咳き込む彼女はシャルルに呆れられながら背中を擦ってもらう。
「はい」
「こんにちは。施設案内を担当するアルテ・ザミェルと言う。よろしくお願いします」
 扉を開けて一礼したのは、ミント色の髪をした小柄な人だった。白のワイシャツに灰色のスラックスとベストという中性的な格好、ぴょこんと飛び出したアンテナのような髪が特徴的なその人は少年なのだろうか、少女なのだろうか。どちらにせよウェンディと同じくらいの歳のようである。
「こちらこそよろしく頼む。して、そのワゴンは?」
 エルザが指摘したのはアルテの脇にあるワゴン。ポットやカップが載っているようだ。
「ああ、先にお茶を召し上がっていただこうかと。ここの研究を利用して作られた茶葉だから」
 魔力保存研究支部、と支部長のドロシナは言っていたが、ここは魔力保存、即ち魔水晶ラクリマに関する研究を主に行っている。おそらく太陽や水の魔法を閉じ込めて効率的に育成したものなのだろう。確かこれで農業がかなり発展したとか……とエルザは行きの汽車の中で読んだ資料を思い出す。専門用語が多く難解だったが、それでもこの研究が国民の生活を支えていることには違いなかった。
「お茶ですか、嬉しいです」
「もうウェンディったら」
 お茶、と聞いてすっかりウェンディは気が緩んでしまっている。
「実は案内は時間があまりかからなくて。ほら、研究室やら書庫ばかりだから」
 アルテは慣れた手付きでカップに透き通った液体を注いでいく。すっきりとした香りのするそれは、ハーブティーの一種だろうか。
「良い香りだ」
 エルザは渡されたカップ片手に上機嫌にそう零した。お茶請けとして供されたクッキーも美味しいね、とウェンディも嬉しそうである。しかしながらシャルルはこのアルテという人物を不審に思っていた。部屋に入ってからここまで、微塵も表情が動いていないのである。普通ならば客人の前、にこりを笑ってみせるものだろう。それに自分の淹れた茶や出したお茶請けに良い反応を示されたのなら、安堵や笑顔を漏らしてもいいだろうに。 

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