06



 あの冬島に彼女への想いごと、過去を置き去りにした。そのはずだったのにどうしてだか、おれはある女を部屋に呼びつけている。彼女ではない。彼女はもういない。それはわかっている。わかっているのに、彼女にただ似ているだけの女が目に留まってからというもの、まるで自我でも保てなくなったように左目の周りが痛む。違う、あれは彼女ではない。彼女ではないのだ。似ていると少しでも思ったのは勘違いで、きっと間近で見れば全く違うことがわかるだろうと割り切るために呼びつけている。おかしい、彼女が絡んだとてここまで取り乱すことは今までなかったと言うのに。
「おッ、よ、呼ばれて参りましたっ、囚人採掘場、のシャロと申しま、す」
「入れ」
 襖の向こうから聞こえる声にそう事務的に返す。声も、多少裏返ってはいるが、遠い記憶の彼方のなんでもない日常風景が脳裏に蘇るくらいには似ているのだからたまらない。
 襖がガタガタと揺れる。そうか、非力な少女にはこの戸は大きすぎるらしい。仕方なく立ち上がり、すっと開いた。
「すみませ、ありがとございます……」
 少女のことを直視できなかった。彼女と全く同じ髪の色だということが視界の端にわかって目を逸らす。顔立ちが似ていることを間近で確認してしまったら、きっと、おれは。
 少女は怯えながら一歩部屋へ踏み入れる。敷居を跨ごうとしてそのほんのわずかな段差に少女は爪先を引っ掛けて、ずしゃりと畳の上へ見事なスライディングを披露した。大事に持っていたせいでぐしゃりと折り目のついた封書がこちらの足下へ滑る。
「……大丈夫か」
 なんというか、少女は彼女と似ても似つかないくらいドジらしい。よくこれでここまで生きてこれたものだ、それもこの海賊団で。兄貴分だという真打ちのダイフゴーはさぞ苦労しただろう。
 反応がないので、仕方なく摘み上げて立たせる。いたた、と声が漏れているあたり特に怪我もしていないだろう。というかこの程度でどうにかなるほど脆いものじゃなかったはずだ、人間は。
「う、あ……」
 冷や汗でもかきながらぐるぐると視線を惑わせた後、少女はバターン! と勢いよく倒れ込んだ。
「……おい、医療班来れるか」
 溜息を一つ。電伝虫で医者を呼びつけた。

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