04



 それからの暮らしは、あまりにも平和なものだった。
 彼女の家に間借りして、昼は狩りに出掛ける。気候を読まなくとも狩りに出ることができるおれは島にとっても貴重な人材だったらしく、重宝されることとなる。山に出れば島民皆の胃袋を満たせるほどの生き物がいたし、そこまで苦労はしなかった。寒いせいで保存も問題ない。
 それなりに歓迎されてはいたが、やはりおれによく話しかけるのは彼女だけだった。彼女によればこの島は魚人と交流があるので少し外見が違う程度では特に気にしないらしく、おれの褐色肌に黒い羽根、なんて異質な見た目も受け入れられているらしかった。まあ、島民は皆しっかり着込んでいるのでほとんど体の形質は見えない。見えるとすれば目元だけだった。
 そのせいか、この島では皆目元に刺青を入れていた。観察していてわかったのだが、おそらく職業や性別、ステータスによって模様が変わるらしい。
「そうだよ、皆目元に模様を入れるんだ。商人だったら波、狩人だったら鳥……みたいな感じで。子供の頃から入れてて段々加えていくのがこの島のしきたり」
 得意げに語る彼女の目元には何も模様が刻まれていなかった。
「ふふ、気付いたようだね? 私は彫り師の家系だからね、何も彫ってないの。自分の顔は彫れないから、この島じゃ模様なしは彫り師なんだ」
 彼女は仕事道具であろう針のようなものをきらりとさせて言った。まだ成人もしていない彼女は、既に両親が死んだと言っていた。彼女が家業を継いだのだろう。
「ふふ、私これでも稀代の天才だからね? 彫り師としては過去最高なのだ」
「その腿の模様は、何かの意味があるのか?」
 生憎刺青の才能なんてものはよくわからないので、彼女の腿のタトゥーを指摘した。彼女の右の太腿には、裏側を除きぐるりと何かが絡みつくような模様が彫ってある。たくさんの節と脚、顎が見えるあたりムカデだろうか。
「ムカデだよ。隣……って言ってもめちゃくちゃ遠いんだけど。春島じゃ縁起が良い生き物なんだって。子孫繁栄とか絶対に後退しないから強いとか。だから練習がてら図案化して、自分で彫った」
「そんな意味があるのか」
 ムカデといえば、気持ち悪いイメージが先行するものとばかり思っていたが、その限りではないらしい。彼女の白い肌に絡みつく赤いムカデは、どこか胸が高鳴るような気さえする。
「そうだ、君も彫ってあげようか」
 思い付いたように、彼女は本棚から一冊のノートを取り出す。何度も捲ったのか端がぼろぼろになっている。ぱらぱらと覗き見る限り、彼女が図案を書き溜めたものらしかった。
「アルベルくんはどれが良い?」
 まだ彫るとも言っていないのに、彼女の中ではもう決定事項らしい。まあ別に嫌ではなかった。この島での疎外感が無くなるかな、とか、いつかこの島を出た時に自分がこの島にいた証が残るかな、とかそういう女々しいことを考えていた。
「別にどれでも」 
 だから彼女からの提案にはのるつもりだったのだが、つい格好をつけてそんな発言をした。それに気を良くしたのか、彼女は自身のあるものを片っ端から見せて解説していく。勝利や栄光を示す植物、力の象徴のサメ。果ては神のようだからと空を象った星の図案。彼女は今までで一番楽しそうだった。
「おすすめはどれだ?」
「私のおすすめ? もちろんこれ! 一番最初に考えたやつなんだけど、ちょっとだけ変えててね。ほら、君のイメージを入れてみたんだ」
 彼女が差し出したのは、植物の図だった。勝利と栄光を象徴するそれは、シンプルながらもかなりセンスの光るデザイン。これならまあ、おれにも似合うだろうか。
「わかった。じゃあ明日にでもしよう」
 ガッツポーズを決めながら彼女は言う。なんというか、楽しそうな彼女を見る度あのとき助けてよかったな、と思ってしまうのだった。

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