02



「あにっ、兄者ぁ…………」
 金色神楽二日前、鬼ヶ島のある一室に真打ちが集められていた。普段は兎丼の囚人採掘場で看守をしているが、今日ばかりは特例で鬼ヶ島で宴に興じることが許されている。酒に食い物綺麗な女と至れり尽くせりな空間、気弱な声が微かに響く。襖を体の分だけ開けて部屋に転がり込んできたのは桜色の髪の少女、妹分のシャロだ。彼女は普段兎丼で料理人をしているが、金色神楽が近いということで一週間ほど前から先に鬼ヶ島で準備に駆り出されていた。
「どうした」
 半ベソを書きながらおれの足元に滑り込んで、足の一本にしがみついている。昔からビビリだったが、この海賊団に来てもそれは治っていないらしい。というかそれが治らないせいで本来鬼ヶ島で料理人としてやっていけるのを無理矢理おれと同じ兎丼なんて劣悪環境で働いている。甘えん坊なところは兄貴分としては非常に鼻高々なのだが、もうそろそろどうにかならないものか。周囲に誰かがいるときは兄者ではなく「ダイフゴーの兄貴」と呼ぶように言っているのに。案の定ドボンやソリティアは可愛いだのと笑っている。ああこれから数日は「兄者笑」だのと茶化されるだろう。
「き、キングさまって、大看板ですよねっ」
「ああ」
 大看板。大所帯の百獣海賊団の中でも幹部と呼ばれる三人だ。火災のキング、疫災のクイーン、旱害のジャック。キング、といえば懸賞金十三億九千万、カイドウ様に次ぐ実力者だと言える。おれたち真打ちなんていう役職持ちですら絶対に逆らえない男だ。そんなキング様がどうしたというのか。
「キング様から、呼び出されましたぁ……」
 妹分の乱入にも関わらずわいわいと酒盛りを続けていた室内だったが、その言葉に水を打ったように静まり返る。隣の部屋の乱痴気騒ぎですら遠く離れたように聞こえる。
「お、お前、何かやったのか」
 冷や汗が流れる。声が震える。まずい。誰よりも逆らっちゃいけない人だ、キング様なんてのは。冗談が通じないだろどう考えても。いやそもそもこの人畜無害な妹分が何かをしでかすのか? そんなのどう考えても人違いだ。だってこんな、気弱でおとなしくて常にビクビクしてるようないたいけな少女だぞ! ちゃんと仕事は真面目にやるし、むしろ料理に関してはいろんなアイデアを出すし褒められて然るべきタイプだ。
「何もしてないよぉ……普通に料理してただけだしすれ違ったこともない……」
 泣きたくなるのもわかる。おれだって彼女と同じ立場だったら泣き喚いてるし何なら遺書を書いて自刃したかもしれない。
「あ、案外褒められるんじゃねェか? ほら、きびだんごのレシピだってシャロの改良したやつだったろ」
 ババヌキでさえも声を震わせながら言う。仮にも地獄の囚人採掘場のトップ、看守長でさえこれだ。
 囚人採掘場で囚人に与えられる食糧はきびだんごだけだ。それを作るのはシャロだったが、これでは栄養の偏りが、とかまともに働けない、とか、彼女なりに思うところがあったらしく直談判した結果当のババヌキ本人からその製法を一任されていた。シャロはおれの妹分にしては随分心優しい。そんな甘ったれた考えがおれを通したとしてババヌキや更に上のクイーンに通るとも思えなかったが……何故だか採用されてしまった。彼女はあれで頭が良い。まあ上には彼女の優しさというよりは「囚人を生かさず殺さずぎりぎりのラインで長く働かせ続けることができる」という点が認められたようだが。あのきびだんごには一つでも食べれば一日中、十分に動けるだけのカロリーがあるらしい。それに加え今までよりも材料費が安いとかなんとか……難しいことはわからないが、あのきびだんごに関しては彼女は褒められたっていい。もちろん、それ以外の看守たちの毎日のメニューもしっかり彼女が考えているので兎丼の陰の功労者なのだが。
「だったら先にクイーン様から声がかからねェか……?」
「確かに……」
 兎丼を管轄するのはクイーン様だ。決してキング様ではない。キング様から直々に褒められるのならば、先にクイーン様から呼ばれるはずだ。彼女の実績を詳しく知っているのはクイーン様の方だ。いやまあ確かにキング様はカイドウ様の右腕として百獣海賊団全てを見通す人だが、彼女のことを耳に入れたとは思えない。
「だったらシャロちゃんが見初められたとか」
「絶対に無いだろ」
「おおおおお恐れ多い………」
 ソリティアの言葉に、シャロは一層強く脚に抱きついて震えている。そんなわけがない。まあ兄貴分目線から言わせて貰えばシャロは十分に可愛い。可愛いのでウェイターズあたりにもよく言い寄られている(のでその度におれがノしている)。前述の通り真面目な彼女は性格も問題がない。だが、かの大看板に見初められるかと言われれば絶対にない。仮にそうなら、その、いろいろとまずいんじゃなかろうか。齢五十に手が届こうかという六メートルオーバーの男が二十にも満たないただの弱々しい少女に対して僅かであれど恋愛感情を抱いていたら、それは、無法者のおれたちが言うのも何だが、いろんな犯罪臭がする。この話これ以上すると不敬罪だし止めにしようぜ。
「だったらシャロののうりょ」
「カバァ……」
「ドボン、何も聞こえねェ」
 ドボンが口を開いたが、反対にカバが口を閉じてしまった。結構的を得たことを言うんだが、カバが気まぐれに口を閉じるせいであんまり意見を取り入れてもらえない。ソリティアがカバの目の前に野菜を掲げて口を開かせようとしている。
「だから、シャロが動物系古代種の能力持ちってのがバレたんじゃねェか?」
「あ」
「ああ……」
…………」
「馬鹿気絶すんな!」
 ドボンの言葉に部屋の全員が頷く。一番ありそうなことだ。当のシャロも想像だけで気をやってしまっている。
 シャロのことは妹分と紹介している。が、しかしおれがこの海賊団に加入する少し前に拾った子供だった。当時からおれはそれなりの悪事に手を染めていたし、どう足掻いてもブタ箱行きな人生を送っていた。その時に彼女を保護した。保護したというか……とある島に大ムカデが出ると聞いて行ってみれば、まだ幼い彼女がいたというだけの話。どうやら物心つく前に悪魔の実を食べてしまったらしく、しかもその能力が動物系、それも古代の大ムカデ(後々調べ直したらムカデじゃなくアースロプレウラとかいうデカいヤスデだったがあまり大差はない)だっていうんだからこれ以上の不幸もあるまい。で、まあ見せものくらいにはできるし最悪変身した彼女を暴れさせて火事場泥棒でもすればいいか、くらいに考えていたわけだが……何をどう勘違いしたのか、彼女にすっかり懐かれてしまった。人間、まだ永久歯の生え揃ってない子供に慕われると毒気が抜けてしまうらしい。というか彼女はいつまで経っても能力を使いこなせなかった。そのくせ気は回るし金でも稼がせるかと少し働かせてみれば料理上手になって帰ってくるし。結局手放すに手放せなくなって、百獣海賊団にも一緒に加入することになった。もちろん彼女はあくまで非戦闘員、料理人としてだったが。
 悪魔の実、それも古代種の能力持ちはレアだ。動物系というだけでタフな体は保証されるのに、更に強靭な力を得ることができる。デカいヤスデなんて気持ち悪い見た目であっても、誰だって喉から手が出るほど欲しい悪魔の実だろう。だがしかし、彼女は一切戦えない。そうなると彼女が殺されてしまう可能性が浮上する。彼女を殺せばこの世界のどこかにまったく同じ悪魔の実がリポップするからだ。なので仕方なく、能力者であることは伏せている。まあ秘密といっても看守連中の間とかいう公然のものだ。皆シャロに胃袋を掴まれているのでみだりに口を滑らすこともない。そもそも普段厨房にばかりこもっている彼女は能力を発現させる機会もないし、ある程度能力も制御できるようにはなっている。
「どどどどどうしましょう」
「大丈夫、大丈夫だ。おれがなんとかしてやるから」
「真打ちといっても副看守じゃなァ……」
「じゃあお前も手伝えよババヌキィ!」
「上司に向かってお前とは何だ、手伝うに決まっとろうが!」
「ありがとよォ!」
「しっかりしろ兄者、貴様が慌ててどうする」
「これが落ち着いてられるかよ!」
 五分前とは一転した阿鼻叫喚な宴会の場。よじ登ってきたシャロはこちらの胴体にセミのようにしがみついてべそべそと泣いている。動転して変身していないあたりえらい。普段なら褒めていた。万が一変身した彼女に縋りつかれたら確実に絞め殺されるわ多足が気持ち悪いわで大事なのだ。えらいぞ。
「書くか、嘆願書……」
 ドボンの冷静な言葉に、とりあえず皆で頷いた。
 妹分の敵になるなら誰だってぶちのめしてやる、なんて彼女に言ったこともあるが、流石に、大看板は無理だ畜生!

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