TRICKSTER 05



 赤というのはポケモンにとっても情熱的な色らしい。ウラウラの花園は一面に赤い花が咲き乱れており、ここに生息するオドリドリも赤一色の見た目をしている。オドリドリが環境への適応が上手なのか、この花の蜜や香りが進化の石のような変化をもたらすのか。一応は後者だと結論づけられたがまだ謎の多い現象であることは間違いない。情熱的なダンスを披露するように周囲を飛んでいく彼らをぼうっと眺めていた。遊歩道が作られているとはいえ、一応花園への立ち入りは許可されている。人が踏み入ったくらいでは何の問題もないほど強い植物らしいのだ。まあ流石にボスゴドラなんかの大きいポケモンやほのおタイプのポケモンは遠慮するよう看板が立っている。あれかな、カプと崇められる神様のようなポケモンの加護があるのかもしれない。もう少しアローラへの理解を深めてから来れば良かった。
 夕暮れ、少しずつ赤く暗くなる空は僅かに異国というより異世界のようだ。比較的涼しい気候のガラルとは異なる常夏の島。ここにいるだけでまるで気分が気分じゃないみたい!なんて都合の良い心理変化は起こらないけれど。
 結局、毎日この花園へ足を運んでいた。ウラウラ島のモーテルを拠点にしているせいもあるのだが、なんだかんだ居心地が良いのはこの島だった。もちろん他の島へ行くことはあったけれど、観光地らしからぬ仄暗さや廃墟、自然が息づくウラウラ島は肌に合う。人は他の島と同じくらい多くても、皆観光スポットを見るのに大忙しで他の観光客なんか見るわけもない。それにこんな時間帯は花園ではなく海の見える場所へ行く人ばかり。花に塗れて文字通り黄昏れるなんて稀有だろう。
「こら、食べちゃダメ」
 タルップルは赤い花の匂いを嗅いでいる。甘い蜜の香りは人間のわたしだって舐めてみたいと思うけど、言ったそばからむしゃりと花弁を食んでいるじゃない。食いしん坊なのは認めるけどいくらなんでもやりすぎだ。案の定花弁はあまり美味しくなかったようで顔を顰めているし。
「君が情熱的にフォルムチェンジしたらどうするのさ」
 それもいいかも、なんて思っていそうなタルップルを撫でる。オドリドリよろしくほのおタイプになったりするんだろうか。いや君の場合はこんがり余計に美味しそうな匂いがしそうだな。多分彼の頭の中では、全身よく熟れたきのみのように真っ赤で口から火を吹いている。まあ楽しそうだから良いけど。そういえば入り口に花の蜜を模した飲み物が売っていたような。後で買ってみようか。確かポケモンにも大丈夫という触れ込みだったし。
 外から見ればぎっしりと植わっているように見えるけど、中に立ち入るとそうでもない。私一人が座ったくらいでは花の一つも踏まないし、視界全てが赤く柔らかく彩られて綺麗だ。精神攻撃を受けているみたい、なんて言う人も多そうだけどくらくらするのが心地良かった。こうして自分自身の感情と向き合うべく自問自答を繰り返すのだ。極力余計なことは思考せずに、本能に近い欲求に素直になるために。
 私は彼のことが好きだ。それは間違いない。じゃあ何故逃げてしまうのか。彼と私では不釣り合いだと思うからだ。どこが不釣り合いなのか。それはもう、たくさんのことが。彼ほどの愛される才能を持った男と、人間嫌いの私とではバランスが悪い。それに彼ほど見た目の整った人もいない。すらりと高い背に長い脚、垂れた瞳は穏やかな湖の色。それがバトルの最中だけはぎらついて宝石のようになるのなんか、誰だって恋に落ちてしまうだろう。それに対して私といえばいつまで経っても大きくならなかった背丈とメリハリのない体つき。挙句笑顔は不自然なものしかできない。彼の隣に立っているにはもっときらびやかで可愛らしくてそうだ、ジムリーダーのルリナさんなんかがお似合いだ。少なくとも私ではない。そう冷静に分析するんだから諦めて仕舞えばいいのに、「彼を好きだ」という一点だけで縋り付いてしまう。彼は私を好きだと、愛していると心から言っていたというのに、何故あのとき素直に喜べず、こうして逃げる方向へ舵を切ってしまったのだろう。半ば衝動的で、天邪鬼な行動だっていうのはわかっている。自分でも行動原理がわからない。それでいて、今思えば彼なら追いかけて来るのが安易ように隙ばかり作った逃避だった。なんだか彼を試しているみたいになったこの高飛びに嫌気が刺す。
 例えばカップルらしい観光客を眺めては、私も彼らのように歩けるんだろうかと考える。人間のあり方はそれぞれだし、あれが正解だとは思わないけれどもしあのように振る舞うことを彼が望んだら(そんなことないとわかっている)私は頷けるのだろうか。そもそも、恋愛や人間関係なんてものが私の身に余るものではないのか。ああだめだ、また思考がネガティブ方向に突っ切っている。
「私だって、愛してるんだぜ」
 地面に落ちたばかりの花をタルップルの頭に添える。可愛らしい見た目にご満悦なのか異国情緒溢れる甘い香りが好きなのか、彼は上機嫌だ。
「ファンの誰だって及ばないくらい好きだし。アイツのことは何だって知ってるんだ。実はきのみの皮剥きが苦手なところも、案外真面目なところも、揚げ物するのが怖いところも、炭酸より紅茶が好きなところも、」
「オマエを追いかけてアローラまで来てるところも、だろ」
「……ごめん」
 地面を踏む音で気付いていた。隣の高いところから降ってくる声はあくまで日常会話の空気。軽い足音の割に花をかきわける動作が大振りだった。そもそも普通の観光客は花園に入らない。サンダルじゃ葉や土が不快だし、遊歩道を歩けば済む話。前述したようにこの時間に海の見えないここに来るのはレアだし。いや、そんな理性的な分析なんかじゃなく、直感的に彼だとわかっていた。わかってしまっていてなお、振り返るのが怖かった。
「君が私を好きだってことが、君を嘘つきなんて思ったことないのに、理解らなかった。きっとこんなの夢だと思ったし、夢なら多分幸福をラストにひっくり返すキツい悪夢だと思った」
 彼は隣に腰を下ろした。余っている、とまで感想を抱く足を折り畳んで座ってもなお、彼のことは見上げなければならない。
「君が好きだよ。でも、私じゃ似合わないと思うんだ」
「そうだな、天下のキバナさまだからな」
「ね、だからさ、」
「だから自分の隣にいる奴くらい自分で選ぶさ。世界が何を言ったって隣はきっと、オマエがいい」
「あ」
 言葉が続かなかった。彼に肯定してもらいたかったわけじゃない。否定してもらいたかったわけでもない。でもきっと彼から拒絶されるのが道理だと思っていた。思っていたのに、こんな、ずるい、ずるいじゃないか。迷路でえんえん迷う私に、「空を飛んで行こうぜ」って言うみたい。奇抜で古典的な思考の逃げ道をずるく感じてしまうなんて泣いてしまいそうだ。 
「っごめん、何て言ったらいいか、わからなくて、」
「ん、じゃあ簡単に変えるか」
 ぴん、と人差し指を立てて彼は言う。夕陽で全部赤くなった世界は便利だ。彼も私も、頬が赤いのかどうかすらわからない。
「ウェル。恋人になってくれるか」
 ただうなずいて、彼が差し出した手を取った。言葉が出なかった。昔とは遥かに変わった手のサイズ。けれどあの日遊んでいた頃と変わらない素振り。延長線上でここにいる。昔から何も変わってないだろ、なんて言いたげな彼はへにゃへにゃと笑っている。ああそうだ、何も変わっていない。これからもきっとそう。私と彼の関係は多分変わらない。恋人、という呪いみたいな便利な名称を手に入れただけ。どこかの書類に書くわけでもないのに、そういう関係を受け入れることができたというだけでこんなにも嬉しい。ナマコブシみたいになりそう。ああもう、こんな「青春」みたいなもの、数年前に通り過ぎた歳のはずなのに。

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