涙を飲む
鼻を啜る。
涙を流すのなんかいつぶりだろうか。記憶を振り返るけれど、思い当たるフシが全くない。そもそもあまり泣かない人間だ。感情が無いなんてことはないんだけど、例えば恐怖を感じても感動する作品を読んでもそれだけだ。感情が動く。けれど表立った現象としては現れない。多分感情と肉体の接続をミスってしまったんだろう、わたしの設計を担当した神がいるなら三日三晩クレームを入れたい。わたしの恋愛感情がバグっているのもそいつが原因だと思う。神なんか信じてないけど。
「どうした、指でも切ったか」
彼は何でも無いようにこちらを見て言う。涙ぐむわたしを見て少しは慌てるかと思ったのに、存外上手くいかない。嘘泣きは彼にあまり通じない。学んだ。
「それくらいで泣くような女じゃないです」
「だろうな」
へら、と彼は笑う。わたしが強い女だから許される愚行ですよ、と突っかかろうとしたけど彼の周囲には彼の姉であるうるティを筆頭に強い女しかいない。相対的に見ればわたしは弱い部類に入る。ううむ。
「少しは心配してくれると思ったんですけど」
「可愛いこと言っても騙されねェぞ」
あ、この人わたしの言動が可愛いとは思ってるんだ。騙されない、と言ったのは多分アレだ。彼がわたしの細かな挙動に慣れてきたからだ。少し前ならバレずに三通りくらい正々堂々暗殺未遂をできたんだけれど。
「心配されなきゃいけねェほどのタマかよ」
彼はわたしの強さを知っている。どうしよう、彼と親しくなればなるほどに彼の攻略方法が狭まっていく。当初の予定では身内に見せる甘さを利用するつもりだったのに。今ではすっかり殺意でさえ手に取るように理解されてしまっている。
「おれの女だろ」
それに加えてこんな殺し文句まで呼吸するように吐くのだから、大変に難しい。本当に泣いてしまいそう。
「だってお前タマネギ切ってるだけだし」
「……可愛くない人」
言い忘れてました、夕飯はオニオングラタンスープです。
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