人恋呼吸



 調子が狂う。
 あいも変わらず深夜二時。彼女の忍び寄る音が聞こえたので狸寝入りでもして観察していたのだが、彼女の行動は流石に予想できなかった。毎度のごとくこちらを殺すつもりだろうと、刃物或いは絞め技あたりを予想していたのに、実際にあった感触といえば唇への軽い柔らかさだけだった。何をしたいのか。ここから窒息にまで持ち込むつもりか、それともいつかのように口内に刃物か毒でも仕込んでいるのか。警戒を解かず、けれどされるがままにしている。数分経過しても彼女の行為はあくまでキスの域を出ない。
「っ、」
 そろそろ起きたフリでもしようかと考えて、やめる。いつも振り回されているのだから、今日くらいおれが彼女を困らせたって問題ないはずだ。愛おしそうに、さも小鳥がついばむようにこちらの唇を食む彼女の後頭部を押さえ、反対にその唇へ噛み付いた。
 驚愕はあくまで最低限、けれどその呼吸音に焦りが見えている。元々皮膚の薄い部分に犬歯があたり、ぷつりと血が滲み出している。痛みに顔を顰めないのは流石、といったところか。そういえば先日乾燥したからと軟膏を塗っていたっけか、悪いことをした。
 ずるりと舌を挿し入れる。口内を一通り撫ぜ、危険物の類が無さそうなことを確認する。まあ喉奥から出されたら敵わないが、そんな大道芸じみたことはやらないだろう。上品な歯並びを辿って、硬口蓋を擽る。ああ、内部の刺激には慣れていないか。上擦った声が漏れている。彼女にも弱点があるのかと少しだけ嬉しくなる一方で、こんなことでしかアドバンテージを握れないのは情けないような気もしてくる。いやそういうことはいい。
 彼女の行動を考察する。今回だけは真っ当に恋をしようとしたのだろうか。時折「ページワンさんの言う恋をしましょう」だのと言って恋人ごっこのような提案をすることがある……夜中にいきなりキスをすることが甘酸っぱい恋かと問われればノーだと思うが、まあ彼女なりのロマンスなんだろう、これが。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -