生きをする



 ごぽ。
 開いた口からは泡が昇る。意味のある言葉を成す前にただの空気になったそれらは、多分足掻きだったんだと思う。早く浮上しなければ。能力者でもなければカナヅチでもない。簡単なことだ、ただ手足を動かして燦く海面を目指せばいいだけだ。それなのに何故か、もう少しこの光景に見惚れても良いのではないかと思ってしまう。狂ってしまったか。希死念慮も自殺願望もないのに、海というものは恐ろしい。うっかりこのままでも良いかな、と思ってしまう自分がいる。残念ながらわたしを助けに来れる人はいない。基本的に皆悪魔の実かSMILEを食べている。自力で助かる他ないのだけれど。大気の底の彼は慌てているだろうか。敵襲とかそういうのではなく、ちょっとしたパフォーマンスのつもりで飛び込んだんだっけ。暑かったし、海面が綺麗だった。軽い気持ちで入水なんかするべきじゃないな。
「案外焦ってませんね」
 つまらなそうに言う。口の中に入り込んだ海水は塩味の他に甘味やら雑味もする。意外と美味しいかもしれない。しょっちゅうは勘弁だけど。
「遂に本格的に気が狂ったかと思った」
「本格的に、とは失礼な」
 愚かにも親切心で差し伸べられた手を取り、ざばりと陸地へ。彼は能力者だ。いくらタフで強いといえどわたしが引き摺り込んでしまえば心中なんか簡単にできてしまうのに。というかわたしは常々彼へ殺意を向けている。随分甘く見られてしまったものだ。
「どうすんだよ、そんなずぶ濡れで」
「無策で飛び込みました」
「はァ!?」
「なんとなく、君が心配するかな、とか、ワンチャン君を引き摺り込む予行演習にできるかな、とか」
「……呆れた」
 溜息を吐く。マスク越しにも伝わる落胆は、恐らくわたしの愚かさだけじゃなくて心配して損した、なんてのも混ざっているんだろう。
「大丈夫ですよ、君以外に殺されるつもりはありませんから」
「当然だろ」
 ぐ、とより強く手を握られる。おや、白昼の往来だというのに大胆なことで。

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