TRICKSTER 03



「ええと」
 アローラ地方、ウラウラ島。小雨の降る中路頭に迷う。とりあえずガラルから出ることだけを目的にしていたせいで、てんで下調べなんかしていなかった。飛行機の中でやっと気付き、ロトムに情報収集してもらって空港で旅行ガイド本も買ったけれどどう考えても手遅れだ。自然の多く残るポニ島がいいだろうと行ったはいいが、修行中のトレーナーが多く気疲れしてしまった。まあ彼らはストイックでポケモンバトル以外にそこまで興味がないのは良いことなんだけれど、それにしても数が多すぎる。ジャラコの生息地があると聞いて観察がてらキャンプ地にしようと思っていたのに。勝てるバトルであるとはいえ、たまにしかやって来ないトレーナー、それも海外からの者が珍しいらしく詮索してくる人も多いし。流石にアローラともなれば余程の物好きでなければガラルのジムリーダーを知っている人も少ないのは良いけれど。最初から観光地に向かっていれば良かったか。荷物の少ない女が一人で観光していればどう考えても訳ありだし、周囲の観光客も話しかけてこないだろう。そう思ってウラウラ島に来たんだけれど。
 どうしようか。完全に道に迷っている。ウラウラの花園へ行こうとしていたはずだ。それでまあどうせ時間もあるし、と島を一周することにして。方角的には合っているはずなのに、どう考えてもこんなじめじめした観光客の近寄らない場所ではないだろう。あー、ダンデのこと何も言えないじゃない。
 ロトムはバックパックの中で申し訳なさそうにしている。ここらは電波も弱い上にデータも未整備らしく道案内できないらしいのだ。これは別に彼の責任ではないんだけど、彼はあまりに優しい。とりあえず雨宿りできる場所を探そう。
「あ、交番」
 良かった。道も聞けるし、雨宿りもできる。この雨が止むかどうかはわからないけれど、ここらに詳しい人がいることは確かだ。
「すみません、道に迷ってしまったんです、が」
 警官の一人でもいるだろう、とがらんとした交番を想像していた。少し言葉が出遅れてしまったのは、そこにニャースが溢れていたからだ。猫屋敷、なんて言葉があるがまさにそれ。マグカップや何かを見る限りここにいる警官は一人。それに対してニャースはといえば両手の数じゃ到底足りないくらい。
「にゃう」
 こちらを牽制するようにニャースが一鳴きする。ここは自分の縄張りだ、と言いたいらしい。アローラのニャースは一般的にプライドが高い。私を寄せ付けないのも納得がいく。それならばこの交番にいるはずの警官は何者なんだろうか。こんなに多くのアローラニャースに懐かれているなんて、余程素晴らしいトレーナーか、それとも。
「ん、どうしたねぇちゃん」
「あー……道に迷って。ウラウラの花園に行きたいんです。それと雨宿りもさせてもらえればと思って」
 奥から出てきたのは壮年の男。やる気のないおじさん、といえば少し失礼になるだろうか。制服を着てはいるがなんとなく、雰囲気が気怠げだ。けれどそれはそれとして、この人は強いトレーナーだと勘が告げている。ニャースに懐かれているだけではない。観察眼というか、あれはトレーナー独特の視線だ。それも十把一絡げのトレーナーではない。
「悪いね、ここはずっと雨だ。支度が整ったときが出発時だろうね」
「はあ」
 アローラにもこんなところがあるんだ。まあ観光地と言っても全部が全部名所というわけでもないか。
「花園に何を?」
「何……観光では駄目ですか」
 赤い瞳に白髪、日焼けの少ない肌。見れば見るほどにアローラに住んでいるとは思いづらい警官だ。いや人を見た目でどうこう判断するのは良くないとわかっている。ただ、視線が只者ではないのだ。珍しい来訪者を詮索する目線ではなく、こちらの心理状態まで見透かすような。キバナやダンデの視線が全てを見通すものなら、彼の視線は弱点だけをじっくりと炙り出すような。部屋中のニャースまでこちらを見つめているように錯覚して、じとりと嫌な汗が滲む。
「エルレイド」
 続かない言葉のキャッチボールを遮ったのは、モンスターボールから飛び出てきたエルレイドだった。彼は牽制するように私と警官の間に立っている。
「……悪いね。こっちの思い過ごしだったか」
 エルレイドの登場にきょとんとした警官は笑って言った。よくわからないが、エルレイドに救われたことは確からしい。
「嫌な話をするがね、意外と多いのよ。自殺者」
「自殺者」
「最期に憧れの景色でも見て死にたいのかねえ。ろくに準備もせずアローラに来るもんだから交番なんかに道を聞きにくるのさ。ねぇちゃんもどこか思い詰めてるようだったしもしや、と」
 なるほど。確かに自分を客観視すればその可能性も大いにある。アローラへ来るのなんか普通は観光目的で、観光目的ならば事前にしっかりと調べるのが定石だろう。というかそんなに思い詰めたふうに見えているのだろうか、私は。道行く人に挨拶されればきちんと返していたし、平静を装っていたつもりだったんだけど。
「いいエルレイドだ。そんな愛されてるトレーナーが自殺なんかするわけねえわな」
「ありがとう、ございます」
 ニヒルに笑う警官は至極楽しそうだ。彼も随分ダウナーであるとはいえそれなりのトレーナーを見ると高揚するのだろう。ある程度場数をこなしたトレーナーというものは所作だけで強いトレーナーがわかる。彼も恐ろしく強いはずだ。この島一番、と言われても納得してしまうくらいには。
「おじさんはクチナシ。ここにいるから何か聞きたいことがあったら来な」
 今度はこっちがきょとんとする。てっきり私と同類で人間よりもポケモンと一緒にいたいタイプだと思っていたけれどそうでもないらしい。
「観光客は大事にするのよ。あとニャース達もねぇちゃんのこと気に入ってるらしい」
 にゃう。足元にいるニャースは上機嫌に顔を洗っている。クチナシと名乗った警官と私の問答で何を判断したんだろう。建物に入った時のような刺々しさはなくなっている。元々あまり人を気にするポケモンではないというけれど、まあ気に入ってもらえたのなら何よりだ。今度来る時はきのみでも持って来よう。ああいや、キラキラしたものが好きなんだっけか。
「昔からポケモンには好かれるんです。アローラのニャースに認めてもらうのは流石に初めてですが」
「人間より余程素直で敏感だからねぇ。他人を気にしない性格だからこれでも認めてんのよ。どんだけ尽くしても懐かないこともあるがね」
 机の上にいるニャースの喉元を撫でたクチナシさんは言う。懐かない、と言った割には嬉しそうだ。きっとニャースそのものを愛しているんだろう。それに、他人を気にしない性格なんてすごく羨ましいなと思う。ニャースみたいにマイペースだったら、私は今も[[rb:彼 > ]]の隣に立てていただろうか。彼との幸福を考えるまでもなく触れるままに享受して、愛の言葉に疑念も抱かずに。
「……そろそろお暇します。ウラウラ島のこと、また教えてください」
 なんて。少し考え事をするとキバナに繋がってしまう。別にそこを見つめ直すために一人になっているし、彼のことを考えないようにしているわけでもない。でもわたしはどうあっても彼から離れられないんだなあと思うと少し、少しだけ泣きたいような気持ちになるのだ。
 彼のことを愛している。それだけは間違いないのに、それ以上に自分が可愛くて大嫌いなんだ。そればかり実感してやるせない。早く花園に行こう。見渡す限りの花なんて、馬鹿みたいにロマンチックだ。こんな薄っぺらくて苦い自己嫌悪なんてできなくなるくらいには。

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