秋雨と時雨煮



「あ、ちょうどよかった。味見を頼めます?」
 大鍋をかき混ぜ、ふうと額の汗を拭う彼女はそう言ってこちらを振り向いた。鬼ヶ島の厨房、大抵なんでも人並みにこなせる彼女はよくここで調理場の手伝いをしていた。大所帯も大所帯、ウェイターズまで含めれば何万にもなるので、こういう必要不可欠な持ち場は人手不足を起こしやすい。彼女は呼ばれなくとも時折顔を出し、適当に手伝いをしているのだった。
「大鍋ですよ? 毒なんか仕込みません」
「ん」
 躊躇すれば彼女は弁明する。自分が食べ物に毒を仕込む奴だと思われているのは良いのか。いや確かにその通りなんだが、いい加減改めてほしい。彼女の料理は可もなく不可もないレベル。けれど海賊稼業をやっている中においてそれは貴重だ。だから彼女の料理はかなり嬉しいものなのに……毎度毒の可能性を考えなきゃいけないのがキツい。最悪獣態になってしまえば毒くらい簡単に処理できるが、そんな覚悟をしてまで彼女の手料理を望むほど頭は緩んでいない。
「美味い……が何だこれ」
 彼女が小皿によそったのは茶色い何か。香りから恐らくワノ国風の食べ物で、食感的にもおそらく海産物。貝か何かを甘辛く煮たもののようだ。
「シグレ煮って言うらしいです。何かしらの貝のシグレ煮」
「何かしらの」
 彼女もワノ国出身ではない。恐らく司厨部の誰かに教わったんだろう。まあ、有害でない限り材料を気にするような奴はこの海賊団にはいない。美味ければ問題なし、なのだ。
「まあこれ司厨部のまかないなんですけどね」
「何でお前が?」
「昨日雨が降って一日遠征が先延ばしになったでしょ? その分多く働いてるんで、皆休憩中です」
 彼女は気の回る奴だ。なんというか、海賊には珍しい善性の持ち主なのだ。それこそおれに出会わなければ、真っ当な人間としてそれなりに他人から尊敬されるような人生を送っていただろう。いや、既にそうだったのかもしれない。
「どうしました?」
「いや……運命って残酷だな、と」

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