月のない夜に



「こんばんは」
 こちらの頸動脈を的確に圧迫しながらにこりと笑う彼女に、危機感も無く久々だな、と思う。最近は暗殺方法のバリエーションも豊かになり、こんな風に寝込みを襲われるのは一ヶ月ぶりだった。
「たまには初心に返ってみようかと」
「あァそう」
 至極楽しそうに言う彼女。冷静に考えなくとも、こんなシチュエーションに慣れているなんて正気の沙汰じゃない。一週間に平均十回はこちらを殺そうとしてくる彼女を受け入れるなんざ馬鹿のやることだ。本当にその通りだよ。
「明日は早い。お前も休め」
 なので、適当にあしらうことにしている。彼女はこれで比較的従順。おれが指示すれば素直に従うし、文句を言うこともない。優良物件というやつなんだろう、おれを殺そうとすること以外は。
「……わたしの寝室は隣室ですが」
 首を傾げて言う。たまにはこちらにも付き合ってほしい。つまりまあ、真っ当な恋人のようなことをしたい、というやつだ。彼女の殺意が恋の果てなら、こっちの恋に彼女が付き合う道理もある……深夜の突飛な、或いは寝惚けた思考として軽くスルーしてほしい。彼女を抱き竦めて寝たって問題はない。というかおれは一応海賊なのでそんなの気にしなくたっていいだろ。
「助平ですね」
「どの口が」
 ほぼ毎日こちらに肉薄してくる方が余程年齢指定が入る。命のやりとりに比べたら添い寝なんてままごとみたいなものだ。いや待て、これじゃまるでおれまで彼女の思考に乗っ取られたみたいになる。そんなことはない、ないと言い張りたい。
「拍動数すごいですよ」
「うるせェ」
 柔くしなやかな彼女の人肌。気の狂った思考回路をしていても、外側は普通の人間と変わらないらしい。
「では、おやすみなさい」
 暗闇でもわかるくらいの距離で囁いた彼女は、もう既に安らかな寝息を立てている。危機感が無いのは彼女も変わらないらしい。

prev next

back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -