ショコラプラントG



 うわーどうしよう、失敗した!
 正直浮き足立つほど嬉しいのに、頭の中はそれでいっぱいだった。今日はセベクくんとのデート当日。ヴァネロペ・デーという季節性イベントも生かし、有名なスイーツビュッフェに行くことにしていた。いやもうこの時点で失敗が確定していたのだけれど、女子の姿格好で彼とデートできるというだけで舞い上がっていた。
 普段はナイトレイブンカレッジの一生徒でいるのでずっと男子の格好をしているし、その振る舞いもちゃんとしている。セベクくんとは付き合っているけれど、きちんと線引きをして彼と取り決めたデートの中でしか恋人らしいことはしないし、女子の姿にもならなかった。だからその……デートというのは大変に楽しみなものだったのだ! いやまあ世間一般の思春期の少年少女なら誰だってデートを楽しみにしているだろうけれど……。
 今日のデートの最後に、手作りのクッキーを渡す予定だったのだ。それが大問題というか……どう考えても、一流の美味しいスイーツをたくさん食べた後で一般人の手作りクッキーなんて劣るに決まっている。まあ確かに? バグチョコの一件もあってトレイ先輩にはしっかりお菓子作りを教わったけど、それでも素人の域を出ない。それに今思えば少し形が歪だった気がするし、量は少ないし、端が少し焦げているように見えなくもない。
「どうした、レト」
 公園のベンチ。隣からこちらを見下ろす彼の瞳がまるで私の逡巡全部を見通しているみたいだ。
「いや、あの……ええと。実はきみに、プレゼントがあって……そんな大層なものじゃないんだけど!」
 ええいままよ、と彼に差し出す。ハート型のクッキーを詰めたそれが、がさりと揺れる。大きめに焼いたものが一つと、小さいものがいくつか。チョコレートをたくさん混ぜ込んだし、味見したときもちゃんと美味しく仕上がっていた。大丈夫、大丈夫、のはず。
「これは……クッキーか?」
「そ、そう……素人の作ったものだけど、味は大丈夫だったから、安心して食べて……」
「ありがとう!」
 きっと怪訝な反応が返ってくるに違いないと思っていたのに、彼の声色はとても晴れやかだ。寧ろ感動の色さえ見える。
「え、あ……その、ごめんね?さっきいっぱい甘いもの食べたのにまたクッキーだし……」
「まさか!レトの手作りというだけで嬉しいし、食べたらなくなってしまうのが残念なくらいだ!」
 そう言った後で、セベクくんは首を傾げる。食べたら無くなるのが残念、とは少し幼稚な表現だな……と小さく呟きながら。
「良かったぁ……」
「それに……だな。僕からもプレゼントがある」
 そう言いながら彼が取り出したのは、茶葉の入った可愛らしい缶だ。おそらく紅茶だろう。
「最近は部活で忙しかっただろう? だから少しでも落ち着けるように……と思ったんだ」
 照れ臭そうに、頬をかきながら彼は言う。
「あ、ありがとう……」
「帰ったら淹れよう。最高の茶請けもあることだし」
 にこりと笑って彼は先ほど渡したクッキーの袋を軽く持ち上げた。うわあずるい。彼はどんな時も絵になる人だけど、何度だって好きになってしまう。
「ああ、そうだ。ヴァネロペ・デーは確か気持ちを伝える日、だったな」
 立ち上がって振り返って、彼はこちらへ手を差し伸べた。
「好きだ、レト」
 ああもう、本当に、ずるい!

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