ショコラプラントB



 さてどうしたもんか。サムはそうぼんやり考えていた。件のお菓子についてである。濡れ衣を着せられるのはもちろん嫌だけど、真犯人を追求するとなると骨が折れそうだ。でも自分と同じように疑われたレトもアズールがやる気だったし、そんな姿勢を見せられると手伝わずにはいられない。ちょっと癪だったってのもあるけど何より、彼ら生徒がどんな方法をとるのかが少し気になるし面白そうだった。加担したつもりはないけど、だからと言ってスルーを決め込むようなつまらない男ではない。
 彼らの作戦はこうだった。サムとアズールが情報収集をする。レトは類似品を流通させ、件のお菓子が出回らないようにする。分担としてはこれ以上ないほど良いだろう。ミステリーショップもモストロラウンジも人の集まる場所だし、サムとアズールの交友関係をもってすれば情報はすぐに集まるだろう。一方でレトは妨害工作。彼の作る魔法薬の面白さは折り紙付きだし、話題性も高い。ヴァネロペ・デーに合わせてお菓子に混ぜ込めば大人気商品にすらなるだろう。彼らはほとんど私怨で犯人探しをしているが、実際問題なのは「健康被害の出るお菓子が流通している」ことである。レト印の面白系お菓子が出回れば怪しいものなんか淘汰されてしまうだろう……というのは少し生徒贔屓目なサムの意見ではあるが。
 けれどいざ情報を集めています! とでかでかと表示したところで集まるようなら苦労はしない。いやまあサムの「友人」にかかればそんなもの三日もせず尻尾を掴めるのだが、それでは反則気味だ。アズールとレトが匙を投げるなんてことはまずありえない。そのうえ見守ってやれというクルーウェルの圧を感じる……というのはサムの完全な妄想なのだが。まあ余程人道に反したことをしない限り構わないはずだ。多分。閑話休題。
「『バグチョコ持ち込みで商品どれでも一割引!』」
 もちろん情報だけでも良かったが、これで嘘を掴まされても厄介だ。それに実物があれば何が悪いのかを調べることもできるし、幸い作られた場所や作った人間を追跡する魔法道具は山ほどある。そもそもバグチョコを食べた瞬間に記憶を無くすのであれば、食べる前に回収してしまえば経路も判明する。
「よし、これにしよう!」
 サムはそう言って、上機嫌にぱきんと指を鳴らした。
 
 
「っていうかさあ、そんなあぶねーもん何で食うワケ?」
「まあまあ。愚行権というものも存在しますから……」
 一方こちらはオクタヴィネル寮。レトやサムと同様に疑いを掛けられたアズールもどうしたものかと思い悩んでいた。情報を集めるのなら自分が適役であるとわかっている。わかっているのだが、現状ほとんど七不思議みたいな存在の実態を掴むのはそうそう簡単なことではない。モストロラウンジで情報を募れば良いのだが、噂程度のものしか集まらないことは目に見えている。まあかのオクタヴィネル寮長に嘘の情報を流す生徒はいないだろうが、噂は変容しやすいものだ。より確実にしたいがために、アズールはジェイドとフロイドに相談したのだった。
「アズールの方法で良いと思いますけどねぇ」
 ジェイドは言う。正直アズールの提案した「モストロラウンジでバグチョコの情報を募る。提供者にはドリンクサービス」という案以上のものは思いつかない。ジェイドのユニーク魔法を使えば真実を得ることはできるだろうが、それは対象が情報を持っていた場合のみ。そもそも一人につき一度しか使えない魔法を、こんな緊急事態でもないときに不特定多数に使うわけにもいかない。
「俺そういうの向いてねーしパス」
 フロイドは退屈そうにしている。情報をこっそり着実に集める、なんてせせこましいことはあまり得意ではない。誰かを追いかけたり情報を吐かせたり……といった少々物騒なことなら少しやる気にもなるのだが。まあいかんせん、彼は気分屋である。もしかしたら五分前の彼はやる気だったかもしれないが、今の彼は乗り気ではない。
「寮長権限で知ってる奴呼び出しゃいーじゃん」
「怯えて出て来ないでしょうね」
「確かに」
 笑いながら言う双子にアズールは溜息を一つ。記憶消去まで使うのだから用意周到な相手であることに違いはない。例えば全くバグチョコが売れなくなるとかでもしない限りは尻尾を出さないだろう。そう思いながら彼は、サービスするドリンクをどれにするか考えていた。


「おお……!」
 ずらりと並んだチョコレートに監督生は目を輝かせる。摘めるほどの小粒のものからカップケーキにクッキーまで。チョコレートの甘い香りと美味しそうな焦茶色ばかりの光景は、あまりにもかわいらしい。それらが綺麗にラッピングされて並んでいる。
 商品名は「グリム・グラム」。パッケージにはご丁寧にグリムの肉球スタンプが押されている。本当はサイエンス部関連の名前にするはずだったのだがあまり良い案が出ず結局「オレさまの名前を使わせてやるんだゾ!」と主張したグリムの案が採用されたのだ。その結果グリムには肉球スタンプをするという重要な仕事が増えてしまったが。本人が満足しているので良いか、と監督生はじめサイエンス部の面々も納得している。
「売り物みたいなんだゾ」
「これから実際に売るからね」
 超一流の、とはお世辞にも言えないが学生が作ったものとしてはかなりの出来だろう。このまま学外の店に出品しても遜色はないはずだ。
「ありがとうございます先輩方、これで真犯人に一泡吹かせてやれます」
「構わないよ、私も楽しかったからね」
「普段じゃできないレシピも試せたしな」
 ルークとトレイは満足げに言う。レトの頼みで手伝った形にはなるものの、彼らとしても言葉通り楽しい共同作業だった。サイエンス部は部員こそ多いもの単独で活動をすることが多い。三人で何かをするのは実際初めてだったし、得意分野を存分に活かせていた。レトは魔法薬作り、トレイはレシピの提案。ルークは持ち前の観察眼とセンスを活かしたデザインとマーケティング。基本的に分業ではあったものの、話し合いながら作業をするというのは三人にとってかなり良い経験だったらしい。
「これ、ミステリーショップに置いてもらうんだったか」
「はい。サムさんも一枚噛んでくれているので。まあまずは僕たちが配りますけど」
「そうだね。まずは知ってもらわなければならないし……いやムシュー・ゲッコーのお手製ならすぐに人気になるだろうけどね!」
「エースたちに渡すのが楽しみだゾ! この猫耳が生えるやつ!」
「きっと楽しんでくれるよ」
 監督生とグリムは早速そんな話をしている。彼らが今回の作戦で担当したのは、いわゆる雑用係だった。あるときは材料の買い出し、またある時は薬草の下処理。そして何より大事な味見係までやったので一番忙しかったのは彼らと言っても過言ではないだろう……というのはグリムの言だが。

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