ショコラプラントA



「お前がそんなに悩むなんて珍しいな」
 科学室の隅。紙束に埋もれかけながら頭を抱えているレトに、トレイはそう声をかけた。彼らの所属するサイエンス部は部員が多い。サイエンス、と大きく括っているものだから部員は皆解釈を拡大し、科学実験はもちろんのこと錬金術からお菓子作り、生物の観察に魔法薬学まで自由に行っているからだ。つまり、「部活として行いたいが部として成立させるには部員が少ない」という学生の悩みの受け皿になっている。その中でもレトはきっての問題児である。顧問のクルーウェル先生にギリギリ怒られないラインを攻めているのか、と呆れてしまうくらいのものばかり生み出しているし、事実周辺の生徒の髪を全部パステルカラーにしただの大鍋を透明にしてしまっただのとハプニングには事欠かない。その分面白い魔法薬もかなり作っているし、学園内限定だが販売しているものもある。つまりまあ、問題児ではあるが確かに天才なのだ。だからそんな彼が頭を悩ませているのなんて科学室ではまず見ない光景だった。
「どこから説明すればいいかわかんないんですけど」
 ううん、と少しラグを挟んでレトは口を開いた。
「最近いたずらお菓子?が流行ってるじゃないですか」
「ああ、バグチョコか。何人か倒れてるっていう」
「それをぼくのせいにされたので、躍起になっています」
「なるほど」
 トレイは笑う。得体の知れない後輩だと思っていたが存外、負けず嫌いで可愛いところもあるらしい。いやまあ負けず嫌いの方向性がちょっと他とはズレていると言えなくもないが、それはこの学園の生徒のほとんどに該当することだ。
「つまり、レトはそのお菓子の商売敵になりたいわけだな」
「そうなんです。でもどんなのがいいかわからなくて」
 面白い効果の魔法薬は多く作ってきた。それでも、いざ選ぶとなるとどれも少しパンチが弱いように思えるのだ。レトはそもそもこういう流行りのことに疎いので、自分の決定に自信が持てないでいる。
「お菓子にするんだろう?じゃあ味の濃いものは除外しよう」
「お菓子に……?」
「ん?まさかこの時期に薬のまま配るつもりだったのか」
 この時期?とレトは首を傾げる。もしや自分の知らない習慣が何かあるのだろうか。ナイトレイブンカレッジには全国の生徒が集まるせいでいろんな風習が持ち込まれ混ざり合う。そのおかげでごく一部地方のイベントが伝統になっていたりすることも多い。しかしトレイの反応を見るにおそらくかなり大きなイベントらしいことは確か。茨の谷の、霧深い森の奥に住んでいたレトにとってはこういうカルチャーショックは稀ではない。
「二月は親しい相手にお菓子を贈る風習があるんだ。感謝とか好意とかを伝えるために」
「あ、それで購買にお菓子が多かったんですね」
「そうそう。ヴァネロペ・デーって言ってな。元々クッキーなんだが……もう今じゃお菓子全般だな。ウチじゃいたずら系お菓子でいたずらし合うイベントになってるけど」
 ヴァネロペ・デー。
 トレイの言う通り、これは親しい相手にお菓子を渡して気持ちを伝える日だ。由来こそ親友にクッキーで作ったメダルを渡した女の子だが、段々と風習は変化してお菓子全般を渡す日になっている。その中でもチョコレートを扱う会社による宣伝が大きかったせいかチョコレートがその多くを占める。親しい相手に渡す、という名目はあるものの家族でお菓子作りをしたり、パーティを催したりと地域によって差があるのも事実。様々な地方の生徒が集まるこのナイトレイブンカレッジでは、様々な文化が混ざり合った結果……いや男子高校生特有の気質のせいかもしれないが、いたずら系お菓子を贈り合うイベントになっている。しかもヴァネロペ・デー当日だけでなく二月全てそんな空気なもんだから、もう殆どお祭り騒ぎだ。教師陣も黙認しているし、食堂にも限定メニューが登場したりする。つまりまあ、ハロウィンと同程度のお菓子月間なのである。
 なるほど。レトは呟く。獣人でもないのに獣耳を生やしたり奇抜な色の髪色になっている生徒をよく見ると思っていたが、そういうことだったのか。そういえば同じクラスの生徒にチョコレートを貰ったっけ。納得したレトはしかし、少しばかり不安を抱く。魔法薬を作るのは得意でも、お菓子を作るのはあまり得意ではない。というよりもほぼ未経験だ。日常生活に必要なくらいの料理はできるけれど……お菓子作りは料理とほぼ別物と聞く。
「手伝おうか」
「いいんですか?」
 生徒に被害が出ているとはいえ、これは自分の私怨。そう思ったレトはトレイの言葉に少々懐疑的だ。彼の人となりを考えると疑うなんてこともってのほかなのだが、申し訳なさが手伝って申し出を信じきれないでいる。
「いやあ……実はクルーウェル先生に聞いててさ。レトのこと手伝ってやってくれって頼まれてるんだ」
 少し意地悪なことをしたかな? と困り顔で言うトレイ。実際レトが悩んでいる理由にも見当がついていたのだが、話は聞いたよといきなり声をかけるのもなんとなく決まりがわるい。もしもこの場にルークがいたら初手からレトに助け舟を出していただろうけれど。そもそもトレイは「レトがあの噂のお菓子を調査しようとしてる。学園長からも頼まれたが……俺よりお前の方が良いだろう。手伝ってやってくれ」と頼まれただけなのである。彼は察しが良いのでああこれ押し付けられたんじゃないか、とすぐに思ったのだが、まあそこはそれ。先生の頼みである以上に、自分が頼られるだろうなとわかっていたし、後輩を助けるのは別に悪いことじゃない。普段はあまり作らないポップなお菓子だって作れそうだし、材料費は学園長に請求して良いとまで聞いた。つまり、普段は手が出ない材料も使って良い。かなり自由ができる。そしてかねてより欲しかった調理器具も手に入れられるのでは……? などとついでにやった損得勘定も手伝っているが、彼は微塵もそれを表情に出さない。それにそれだけではなく、大変というよりも楽しそうな気がしている。
「百人力です……」
「褒めても何も出ないぞ。ああ、あとルークと監督生たちも手伝ってくれるそうだ」
「本当ですか? でも監督生くんはサイエンス部じゃ……」
「このことをルークに伝えていたらちょうど近くにいてな。『お菓子食べ放題なんだろ!手伝うゾ!』って聞かなくて」
「ああ……」
 グリムだったら確かに言いそうだ。いつもはツナ缶を欲しているが実際、あれでなんでも食べる食いしん坊である。お菓子食べ放題っていう訳ではないんだけど……まあ試作品とかケーキの切れ端くらいなら良いか。それにアシスタントはいた方が良い。入学してすぐに比べればグリムの魔法も上手になったし、監督生も決して不器用な方ではない。何よりなんでも美味しいと食べてくれる一人と一匹がいるのは良いことだ。トレイとルークはそう判断したのだ。
「じゃあとりあえず魔法薬を絞っていこうか」
「はい。ぼく的にはこの性別変換薬がおすすめなんですが」
「それはいたずらの範疇に収まらないなあ」
 そうだ、忘れていた。レトは少々、世間からズレているところがある。これはまあまあ大変なことになるなあと、トレイは笑って思うのだった。

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