傘をさす



「今日は傘、持ってきたんですね」
「姉貴が持っていけって五月蝿いからな」
 ばらばらと傘が大粒の雫を弾く。雨を気にするほど繊細な男でもないし、傘ほど荷物になるものもないので普段は持ち歩かないのだが。姉貴は何を思ったか「ぺーたんが傘を持っていくまで動かない」と俺にマウントを取ったのだ。物理で。こうされてはもう持っていくしかない。弟というものは幾つになっても姉には逆らえないんだな……と少々悲しくもなる。まああれほどヘヴィーで奔放な姉もウチだけな気はする。
「わたしが傘持ってないって言ったら入れてくれます?」
「暗器の類持ってねェなら」
「残念です、素直に自分の傘使います」
「何がしたかったんだよ!?」
 カバンの中から小さく折り畳まれた傘を出して彼女は言う。嘘を吐くな、そして暗器の所持の方を諦めろ。今更そういったことに突っ込むのも諦めたが、彼女の気ままさにも参る。姉に比べればまだ無害な域であるし、まだ理解できる範疇にいる。そう漏らせば新入りのドレークに何か言いたげな目をされたことはある。わかってるよ、どっちも規格外の女だって!
「相合傘をしているときが互いの声が最も魅力的に聴こえるらしいですよ」
「へェ」
 魅力的も何も、それを聞いたところで素直に応じるわけもない。彼女には前科がある。いやまだ前科というか未遂だが……「相合傘くらい近づけば簡単に頸動脈を」とか言っていた奴と相合傘をするほどこちらも不用心ではない。鼻歌を歌っている彼女ではあるが、いきなりダガーを振りかぶってきたことも、似合う髪飾りだなと褒めたら首を絞めにかかってきたこともある。もしかして姉貴よりヤバいのではなかろうか。
「今日は殺人ではなくキスをしようと思ったのですが」
「……口ン中何も入ってねェなら良い」
「じゃあ諦めます」
「本当にお前は!」
 姉貴よりヤバいんではなかろうか。

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