さよなら入道雲



「さ、使ってください」
 差し出された傘にきょとんとする。今日は朝からずっと晴れだったのが、先ほどからいきなり降り出したのだ。これがワノ国名物夕立。仕方がない濡れて帰るかと思ったのだが。まさかこの雨を予測して用意していたのだろうか。だとすれば彼女はおれの暗殺なんかに拘らず東の海あたりで執事でもやっている方が良いのではなかろうか。
「能力者は水に弱いんでしょう?」
「それこそお前の思う壺じゃねェのか」
 超人系ならまだしも動物系、それもタフさがウリの古代種。土砂降りの雨程度でデバフがかかるほど軟弱な体はしていない。そもそもそれでおれが弱体化したとして、おれの命を狙う彼女からすれば絶好のチャンスなんじゃないか。
「それじゃロマンに欠けます。最期の時はとびっきり淫靡で、最悪なほど退廃的でないと」
「あァそう」
 傘をステッキのように振り回しミュージカルのように陶酔して言う彼女を理解しようと思わない。彼女の言う「淫靡」だとか「退廃的」が通常の意味であるとも限らない。愛と殺意を混同する女だ、理解しようと覗き込めばこちらが引き摺り込まれる。
「この程度の雨なら平気だ。傘はお前が使え」
「おや。相合傘チャンスを逃すんですか?」
「そんなんでときめくと思ってんのか」
「はい。エロス的恋愛のいろはを学んだんですけれど」
 首を傾げて見せる彼女にときめかなかったわけではない。けれどこう……どうも彼女は世間知らずというか効率を重視した挙句常識を置き去りにしているというか、そんなきらいがある。まあ相合傘なんていうイベントが嬉しいのは生憎恋に恋するお年頃だけだろ。一つの傘に無理矢理入って二人とも濡れてしまうのなら、いっそ片方が諦めた方が良いに決まってる。
「残念ですね。ではお言葉に甘えてわたしが傘を使います」
「そうしろ」
 遠雷にため息を混ぜながら、彼女は言う。
「わたしの腕を組んで頸動脈を切る作戦が台無しです」
「そんなこったろうと思ったわ……」

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