無味無臭の毒



「……そこにいるんだろ」
「何でしょうか毒薬イッキしてくれる気になりましたか」
「なるかバカ」
 静まり返った一室。居住スペースとして割り当てられたこの部屋は本来、おれ一人だけが使うものだ。だというのに虚空へ声を投げ掛ければ能天気な返事と共に背後へ着地音がする。梁の上にでも潜んでいたか、ワノ国式の住居というのは暗殺者向きでどうも落ち着かない。こんな造りをしているからニンジャなんていう役職が出てくるんだ。
「お前、ウチに入らないか」
「なるほどわたしと冥婚」
「違う。お前、鬼ヶ島までも潜入してくるだろ。バレたら即処刑だ」
 彼女は、気付いたらおれの傍にいた。いや潜んでいた、と言った方が良いか。何の能力者でも無いにも関わらず海賊船に乗り込みかなり厳重なはずの警備を潜り抜けて寝込みを襲うような女だ。しかも目的がおれの暗殺(しかもきちんと毎度自己紹介をしてから手を出してくる)なもんだから物騒なことこの上ない。
「お前もおれ以外に殺されたくねェだろ」
 そんな彼女にこんなある種の温情をかけているのは、単純におれが彼女を好きになってしまったからだ。あくまでノーマルな感情として、彼女に恋をしている。よって彼女の「好きだから殺したい」という理論はあまりにも突飛なので微塵も理解する気はない。
「わかりました。いつでもページワンさんを狙って良いということですね」
「断じて違うがカイドウ様に逆らわなきゃそれで良い」
「こんな無味無臭の毒みたいなのを傍においてて良いんですか?」
「自覚があんならもっと大人しくできねぇのかよ……」
 無味無臭の毒。彼女は自身の分析がきちんとできているらしい。いつの間にか身近に潜んでこちらの首を狙ってくるのだから言い得て妙。だがそれはそれで少々奇妙というか……彼女が正気のまま狂っていることの証左に他ならない。
「ええ。恋はいつでもハリケーンなので」
 

prev next

back
しおりを挟む
TOP



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -