午前三時の哲学問答



「こんばんは、ごきげんよう」
「またお前かよ」
 暗闇で咳き込みながら言う彼に冷静に告げる。街すべてが寝静まった深夜、寝室で情熱的に見つめ合う男女といえば非常に聞こえは良い。しかしながらこれは夜這いや睦言なんていう甘ったるいものではなく、寝首を掻きにきただけ。背徳感だけは十分にあるかもしれないけれど。
「いい加減こっちの言う通りにしたらどうだ」
 彼は言う。つまりそれは、わたしと彼が恋人同士になるということ。彼の方から寄越されたその提案を、わたしは呑むことができなかった。確かにわたしは彼が好きだ。恋をしている。けれど恋愛なんていう刹那的なものに身を委ねられるほどわたしは酔狂ではない。どうせならば永遠を求めたい。この恋は永遠であるべきだ。だから彼を殺してしまいたかった。彼の存在が途切れてしまえば、もうずっとこの恋は永遠になる。永劫叶うことのない恋は、醒めないことと同義だからだ。
「嫌です。大人しくわたしの永遠になってください」
「お断りだ」
 彼との対話はずうっと平行線。持ち合わせた感情の種類は全く同じはずなのに、思想のせいでこれほどまでに噛み合わない。いっそ彼もわたしと同じ考えで真っ直ぐこちらを喰らってくれるような人だったらよかったのに。そうすればわたしだって彼の中で永遠になれたし、彼の恋も醒めなかった。どうにも世界や運命という奴は存外に意地悪で、恋愛すらまともにさせてくれないらしい。知的生命体にのみ赦された、遺伝子の継承を目的にしない男女の関係はあんまりに難しい。昔から議論されるはずである、答えなんか出るわけがないのに。
「じゃあわたしを殺してください」
「誰が。生命活動を止めた肉がどれくらい保つと思ってやがる」
 なるほど。彼はあくまで物質的なものに拘るらしい。そうか、概念的なものに拘るわたしとは相性が悪すぎるのだ。互いに惹かれ合うのにこの始末、恋というものがあまりに不安定なせいだ。
「どちらが高尚かという議論はさておき。ページワンはエロス、わたしはプラトニック。それならば折衷案を模索するしかないのでは?」
「死んだらそれまでだろ。だからこっちに合わせろと言っている」
「仕方ないですね」
 互いに譲らないことが見えているので、そう口に出した。こちらからの歩みよりが予想外だったらしく、ページワンらしくもない安堵の表情が漏れる。
「では今後一週間恋人をやりましょう。その後わたしに殺されてください」
「何も進展してねェだろ」
「じゃあ生死の境を彷徨ってください」
 にこにこと言えば、目が慣れた彼はこちらを見上げてまた溜息をひとつ。
「おれお前のこと好きなのにな」
「わたしだって好きですよ」

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