海にとじこめて、恋にかわるの



「ディエスは欲しい物とかある?」
「欲しい物…特にはないな」
 そんな会話をしたのが大体一週間前。誕生日というものは何かをプレゼントするのがしきたりで。けれど人魚で、彼の年齢よりも多い年月を海の底で過ごしてきたわたしには人間の大人の男が欲しい物なんてよくわからない。だから本人に聞いたのに、特に無い、と言われてしまえばそこまでだ。船員さんの皆にも聞いてみたのに、「ベルちゃんがくれるなら何だって喜ぶよあの人」「自分が貰って嬉しいものとか?」「自分のために考えてくれたってだけで十分だよ」なんて曖昧な回答ばかり。わたしの見た目が子供だからって…みんなよりずっと長生きなのに…なんてぼやきは口に出さなかったけれど。
 だから結局、海の底で集めてきたものを小瓶に詰めた。丸くなったガラス、海王類のうろこ、真珠、珊瑚、夜光貝のかけら。きらきら素敵なものには仕上がったけれど、これで喜んでくれるのはこどもだけじゃないかな。そんな気がする。昔のディエスなら飛び上がってくれそうだけど、残念ながら彼ももう大人だ。もっとこう、実用的なものがいいはずなんだけど、やっぱり思いつかないから仕方がない。もう開き直って、「これがわたしの精一杯」と押し付けてしまうしかない。かなしい。
「どうした、イサベル」
 ベッドに寝転んでうだうだやっているわたしへ、彼はそう声をかけた。海の中で時間なんか気にしない生活を送っていた身としては、もうそんな時間なのか、と驚いてしまうことが多い。
「ディエス、お誕生日おめでとー。これ、プレゼント」
 ええい、と起き上がって、そう言って彼へ手を突き出した。うんうん、お祝いの言葉は間違ってない。問題はプレゼント。きょとんとする彼の手に、有無を言わさず小瓶を握らせる。プレゼントと言って用意したものは彼の大きな手にすっぽりと収まっておもちゃみたいで、やっぱりなんだか違う気がする。
「本当はディエスの欲しい物あげたかったんだけど…みんなに聞いても教えてくれなかったからね、わたしなりのプレゼント、なのです」
 彼はまだぽかんとして小瓶を眺めている。からん、と音が鳴って、その向こうに彼の瞳が見える。空と海の色がちかちかして、とても綺麗だ。
「…ディエス?」
「あ、あ、いや…すまない、とても綺麗、だったか、ら」
 そう言った彼は、ぽろりと涙をこぼした。海が溢れてくるみたいな光景に、少し戸惑う。めいっぱい背伸びして、彼の涙を指で拭った。昔みたいだ、子供の頃の彼を思い出した。
「悪い、昔を思い出してしまって、」
 ぽろぽろ止まらない涙は、もう指じゃ拭いきれない。この部屋全部を海にしてしまいそうなくらいだ。
「大丈夫、大丈夫だよう」
 よしよし、と彼の頭を撫でる。いつもは上がっている前髪も眠るときはすとんと下りている。彼が泣いている理由は多分、ノスタルジーとか、そういうやつだ。少しだけ躊躇ったのか数秒あいて、ぎゅうと抱きしめられた。すっかり大きくなった背中も、低くなった声も、傷だらけの身体も。全部あのときと違うけど、全部好きだ。ううん、もう一回、好きになったのだ。わたしだってあなたに恋したんだよぅ、と言ったら抱きしめる力が強くなった。誕生日おめでとう、ディエス。

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