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「次は何かな」
 扉の音。ここに来る物好きなんてもう一人しかいないから、作業を中断せずに言った。彼はランバネイン。数週間前に私へトリガーの改良を依頼してからというもの、定期的に来るようになったのだ。彼は兵士というだけあって、他の星での経験も多い。その話を聞くのは退屈ではなかったし、寧ろ今まで想像だにしなかったアイデアさえ浮かぶこともあるので別に嫌ではなかった。そもそも私に話しかけてくる人なんて滅多にいなかったし、良い刺激になる。誰かに話を聞くよりも自己完結させた方が早いし面倒も少ないのは確かだからと他者の意見を聞き入れるのをやめていたのは愚行だったか。何はともあれ、彼が訪ねてくるのは好ましい事象に分類されている。
「先日の機能についてだが……ステルスはさておき発光はどうなんだ」
「ああ、アレか。便宜上トリガーに外付けしたけど本来はラッドに積んで目眩し的運用のつもりでさ。トリオン兵部門とはちょっと折り合い悪くて貸してくれなくていたたた」
「はは、俺をラッドの代用にするか」
 彼はぐぐぐ、と私の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。撫でてはいるが力が強い。これでは生身だと数センチ単位で身長が縮んでしまうのではないだろうか。彼の声色からすればそこまで怒っていないはずだけど。
「ラッドだけじゃなく外付けできるパーツでね。トリオン消費はほぼゼロだっただろう?」
「それはそうだな。夜間戦に有効だ、照明弾としての運用も良いかもしれん」
「ふむ。弾か」
 生憎、私は実践向きではない。いやまあ一応兵士という扱いを受けることもあるしそれなりにこなしてはいるが、せいぜいが軍内部の戦闘訓練だけだ。それに実戦経験は無い。彼は異国での戦闘を何度か経験している以上、その視点から意見を挟んでくれる。そうか、私のトリガーに関する改造案が悉く棄却されてきたのはそういう理由だったのかもしれない。一応は動画なんかで学んでいたつもりだったが、分析不足だったか。
「それはそうとクロンミュオン。暇か」
「暇じゃないけどまあ、君なら」
「良い。出るぞ、気分転換だ」
 彼はそう言うが早いか、立ち上がる。気分転換。はて。私は暇ではないのだが、まあ彼との外出ならば良いか、とも思う。人の命には限界があるし、角のついている私ならば余計にそれは短くなる。有限の中でやりたいことなんかたくさんあるし、まだ私の脳内から出力できていないアイデアなんか百年以上かかっても全て実行できないくらいだ。まあでも、人生に意味のあることばかり求めてはならないという精神論も理解できる。意味を成すことだけを目的に我々が生まれてきたのならば、平々凡々の人生を歩み老衰で幸福に死ぬことに価値がなくなってしまう。なんて哲学的な答えの無い話はどうでも良い。とにかく私は極力時間を有効に使いたいのだ。普段ならば彼よりもこの部屋を選んでいただろうが……彼は悪い人ではない。それに最近、あまり気分転換らしいものをしていなかったのも確かだ。まあ、それになんだかんだとここへ顔を出してくれる彼だ、たまには私が彼に合わせるのも悪くないだろう。兵士というよりは武人のような貫禄のある彼も多分、そう暇では無いはずだ。それがこうも足繁く通ってくるのだから義理は通すべきだ。
「トリオン体か、それ」
「うん。私背が低くて日常でも不便でね。常にこれさ」
 言い忘れていたが、私は常にトリオン体でいる。ろくに戦闘訓練も行わないし、外側なんて一度作ってしまえばそこまでトリオンの消費も多くない。何よりわざわざ角までつけてもらって向上させたトリオン量、余らせるくらいなら使うべきだ。部屋に篭って作業をするだけでも、リーチの短さは欠点となる。背は高い方がいいし、手足も長い方が良い。閑話休題。
「領地の端に花畑がある。飛ばんか」
「花畑……ああ、ヒマワリの農地か」
「あれはうちの土地でな。何、俺ならば入っても構わん」
「ランバネインの家は土地持ちか、あれだけあれば食には困らないな」
 貴族というものには何種類かある。先祖の成した何かで巨万の富を得た者もあれば、土地を有する者、果てには貴い血の一族だとか。私からすればどれも貴族、とひとまとめにしてしまいたいが権力争いの渦中にいる彼らからすればそうはいかないらしい。私の育ての家も貴族ではあるが、正直そんなものに興味はないらしいのであまりそこらの事情には詳しくない。貴族としては狭い土地を引き継いでいるが、本人たちは土いじりの方が好きだと菜園を作っていたし。両親が貴族の中では珍しい人種であることは間違いがないだろうが。何はともあれ、土地を持っている貴族は確か、強い。それも農民に与えられるほどの土地があるとすれば彼もかなりの家の出か。まあそんなことはどうでも良い。別に私は彼と政治や経済の話をしているんじゃないし。彼は少しだけ不思議そうな顔をしてから、快活に笑った。
「飛行は久々だからお手柔らかに」
「最悪抱えて行こう」
「それは遠慮しとこうかな」
 肩を回せばコキ、と停滞の音がする。あ、そういえば自前の雷の羽(ケリードーン)は高速飛行改造にしてたんだっけか。
 
「圧巻だろう?」
 そうだね、と肯定の返事すら飲み込んだまま出てこない。ヒマワリといえば大輪の花をつける背の高い植物で、種は嗜好品として老若男女に好まれている。それくらいは知っているし、逆にいえばそれくらいしか知らなかった。例えばその花に見下されるのは恐怖さえおぼえるほど圧迫感があるし、それが所狭しと密集しているのは植物というよりは最早視覚兵器の類だ。黄色い海が、我々の視界と同じ高さに展開されている。
「少しなら中に入っても構わんそうだ」
 彼の言葉に、弾かれたように茎の林へ飛び込んだ。切ったままでは勿体無い、と痛覚をオンにする。暑い。見上げた空が気持ち悪いくらいに青くて眩暈がする。からりとした空気は喉の奥を刺している。ああ、これは、少し。こんな暴力みたいな光景を見てもなお、頭は回転を続けている。視覚攻撃には色も有効だろうな、とか、そういったことしか思いつかなかったけれど。
 私をすっかり覆ってしまう植物は、濃厚な生の香りがする。土と、地面から立ち上る水分の香り。ぐるりと周囲を見回す。自分がどこから入ってきたかすらわからない。迷宮のようだ。ランバネインの姿が見えないのは多分、私を置いて上空を飛んでいるからだろう。多分、一緒に歩きながらいろんなことを喋るのが本来の人間関係なんだろうけど、私はそれをしていなかったみたいだ。人間関係は不文律が多くて面倒。
 時間感覚が狂ってしまいそうだ。ついさっきまでランバネインと喋っていたような気もするし、もう二時間経ってしまったような気もする。トリオン兵型のトラップを構想している。一定時間後に迷宮やランダムな障害物を展開するのはどうだろうか。ランバネインは多分、遮蔽物を与えるのはこちらに不利だ、とか言うんだろう。
 あの男は、自由だ。まあ好き勝手やりたい放題やっている私だって彼から言わせれば自由極まりないんだろうけど。なんというか、堅苦しい言葉遣いの割には発想も態度も柔軟だ。四角四面なようで本人は快楽主義というか。少し、似たものを感じないわけではない。
「あ」
 頬をざらりとした大振りの葉が擦る。ざあ、と熱風が吹いて、まだらな足元を黒い影が舐めた。彼だ。真上を飛行している。周回軌道でもなく摂餌行動も伴わないランバネインの飛行はとてつもなく自由で、この星は彼にとって狭すぎるのだ。あれ、私は何を考えているんだろうか。ここに来たのは気分転換で、別に彼の考察ではない。
「クロンミュオン」
「ごめん、ちょっとぼうっとしてた」
「素晴らしいだろう、この光景は」
「眩暈がするくらいにはね」
 彼はまた豪快に笑う。
「どうだ、帰りに甘味でも。贔屓の店がアイスクリームを出したらしくてな」
「ぜひ!」
 甘いものは嫌いじゃない。この反応の仕方では「甘味が好きで好きで仕方がない」と思われたかもしれないが。アイスクリームはそこそこ高級品だし、喜んでしまうのも無理はない。年相応なところもあるんだな、と言いたげに笑顔なランバネインにはどう弁明していいかわからなかったので、こちらも曖昧に笑っておいた。



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