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 つまらん。
 そんな感想は決して目の前の女性に伝わっていないだろう。淑女という型に人間の材料を流し込んで作ったようなステレオタイプ。これが良しとされる世界に生きているのだから今までもこんな女性ばかり見てきたし、それが悪いとは言わない。端から端まで完璧な所作は芸術作品を見ているようで、ころころと鈴が転がるように笑うのは大層可愛らしい。綺麗に整えた身嗜みはため息がつくほど素晴らしく吹きつけた香水も一級品だろう。これまで叩き込まれてきた知識を総動員した会話は引き出しの多さに舌を巻く。だが、それだけだ。今述べたスペックを求める社会だから、これくらいは皆持っている。人間というものは自分や周囲の者が持っていないものに対して尊敬や憧れ、好意を抱く。だから皆が持っているものを披露されたって何の感動も持たないのだ。
 領主の家に生まれるとはどういうことか。生まれながらにある程度のものが決まっている、ということだ。勿論自分は次男である以上兄よりは自由なことも多いのだが、食事から会話する相手まで決められては苦しいことこの上ない。この人生しか知らなければ不自由だと気付けない?そんなことがあるか。客観視くらいは誰だってできるだろう。
 兎にも角にも、数日に一度の頻度で行われるパーティ
お見合い
はあまり得意ではない。与えられたものを最大限楽しもうとはするが、やはり戦闘に勝るものは無いな、と関係のない二つをすぐに結びつけてしまう程度には逃避する。この環境が嫌いなわけではない。本来の人間性を覆い隠してまでも社会の求めるものになろうとする姿が自分も含め馬鹿らしいのだ。育てている花について語る婚約者候補もそれが顕著で、恐らく趣味はまた別にあるはずだ。僅かにテーブルの下で居心地が悪そうな脚はそれを物語っている。彼女はこんなところいち早く抜け出したいと思っている一方で、こちらの地位を射止めるためだと抑え込んでいる。こういう態度を取る女は決して少なくないのでもう慣れている。
 不躾なことはわかっていて、別の女のことを考えている。クロンミュオン。彼女は今までに出会った女、いや人間の中でも最上級に面白い奴だ。若き天才なんて凡百な異名までつけられているが、彼女の本領はそこではない。軍事力の発展に貢献している、なんてのは結果論だ。彼女は、彼女自身が面白いと思うから数多のものを生み出している。どこに忖度もせず、倫理観さえ投げ捨てたその発案はまるで新たな世界を覗き見るような心地になる。根底の物理法則からまるで異なった、新しい法則に支配された世界。彼女はそんな世界に生きている。素晴らしい、と思った。軍上層部でさえ持て余す厄介者、なんてレッテルほど間違った認識もなかろう。
 最初はただ、トリガーの改良を依頼しただけだった。幼い頃から植え付けられた角は与えられたトリガーと共振し互いに最適化する。だから手を加える必要なんか無い――というのが研究者どもの見解だ。我が国の技術は素晴らしいもので、どのトリガーをとってもかなりオーバースペックだ。全てを引き出して戦える兵士なんか数えられるほどしかいないだろう。だがどんな優秀な武器にも上限はある。使い方をどう変えても弾の数は増やせず、装甲の強度をあげるにも限度がある。より強くなりたいと願う者にとっては一番の制限となる。単純な依頼だった。剣の柄を長くしてくれと武器屋に頼むくらいのもの。ただ、元々改良すべきものとしてデザインされていないためどの技術者も首を縦に振らなかった。軍内部では名前だけで呼び合うといえどこちらの地位をわからないでもなし、名誉や褒賞が目に見えているにも関わらず、だ。トリガー角という、頭に埋め込んだデバイスが動作不良を起こすことを恐れたのだろう。生命に関わるから、と断られたことは二度や三度ではない。結局、「どうしても、と言うなら手はありますが……」と勧められたのが彼女の存在だったのだ。その場にいた皆がこそこそと話しながら言うものできっと彼らもできれば紹介したくない人材だったことは聞かずともわかった。専門ではないし、満足いくかどうかもわからないと何度も念を押されて案内されたのは実験棟の端、メインエントランスから最も離れた薄暗い一室。確か二年前までは空き部屋だった部屋は、扉の前から既に異様な空気が漂っていた。今となっては古びた宝箱のように心が弾むが。技術者連中が言いにくそうだったのも納得だな、とかこれでハズレだったら改良は諦めるか、とまで考えていた。
 だがどうだ。中にいたのはただの少女ではないか。それでいてこちらをちらりともせず、トリガーを渡しただけでつらつらと独り言のように改造案を述べるその姿は決して褒められたものではなかっただろう。ただ、同時にこうも思ったのだ。
 彼女は天才だ!
 直感的な感想だった。勿論俺は闘うことが専門であり、いくらか知識として備えているとしても門外漢だ。それでもなお、彼女を天才だと思ったのだ。こちらの要望を全て理解しているような、それでいて楽しくて仕方がないと言いたげな雰囲気。自己紹介も無いままでただ本筋だけを語り合うのは無駄がなくて良い。初対面の相手と社交辞令も挨拶もない会話をするのなんかいつぶりだろうか。幾分感情の抑揚のない彼女との無礼な会話。本来、コミュニケーションとはかくあるべしではなかろうか?戦闘前でなくともこれくらいシンプルで良いはずだ。八重歯を覗かせてにやりと笑った彼女に、気付けば息を呑んでいた。素晴らしい。一応は貴族の出とはいえ、振る舞いとしては零点の彼女。世間一般からすれば好ましいとも言えない容姿だというのにうっかり、惚れ込んでしまったのだ!
「ランバネインさま?」
「ああ、悪い。随分と素晴らしい絵画を飾られているようだ」
「まあ、ありがとうございます。父の友人の趣味でして……きっと彼も喜ぶでしょう」
 心ここに在らず、武人が聞いて呆れる!相変わらず淑女然としておしとやかに笑う彼女は退屈だ。彼女もまたそう思っているらしいことも重々わかった上でこの感想を抱いている。ここにいるのが彼女だったら恐らく、また性懲りも無くトリガーの話でもしているのだろう。そうでなければ構想を始めたばかりの戦闘兵器か、或いは新しいレーションのコンセプト。そうだ、彼女の会話というものはいつも想像がつかない。俺が想像できるのはせいぜい会話の主題までで、内容なんてのは誰も思い付かないほど突飛なのだ。異世界の言語を聞いているような気分にさえなる彼女との会話は面白くて仕方がない。知識なんか常識レベルで止まっている俺に対しても専門用語を多用するし数秒前には食糧問題について語っていた口で心理学について語っていることも稀ではない。そもそも語っている途中で思いついた、と乱雑にメモに書き留めるし考え事を始めると途端に黙り込む。まるで戦争のような女だ。一秒たりとて停滞せず、予測不可能な言葉のマシンガン。ただ会話という日常なのにアトラクションに近い。痘痕も笑窪、恋は盲目。そんな慣用句かもしれない。しかし贔屓目が入っていようが彼女という存在は最高に面白いのだ。
 もうすっかり彼女ばかりを考えてしまう。これでは駄目だ!見合いの席などいくら用意されたとしてただの作業になってしまうではないか。俺にとって苦痛である、というのではなく相手に不躾だろう。既にこちらの心が決まっているのにこんな場を設けるのなんざ無駄でしかない。そうだ、もう彼女を婚約者としてしまおう。そうすればそれ以降の見合いは不貞となるだろう。問題は兄をどう説得するかだ。「そこまで愚かだとは思っていなかったが」と前置きされ、ミラと結婚することを嫌がって彼女を連れてきたと思われてはコトだ。彼女をうちに引き入れることのメリットはかなり大きいのだが……ああ。ミラに何を言われるかというのも少しだけずきりと頭を疼かせる。冷静であり冷徹な彼女は、クロンミュオンをどう思うだろうか。まあ良い。結局、誰を選ぶとしても発生する問題だ。腹を括るしか無い。
「そろそろお時間とのことですが……いかがされますか?」
 淑女は言った。規定の時間は終わり。通常であればここから親睦を深めるべく食事や観劇に向かったりするのだが。
「すまない。今日はこれから次期遠征に向けたブリーフィングがあってな」
 至極申し訳なさそうに言う。断じて嘘では無い。ただ、一時間ほど早く向かうだけで。淑女は残念そうな顔をした後で笑顔を見せた。家の意向で俺と見合いをしているはずだが、彼女は恐らく優しすぎる。軍人でもある俺よりは芸術家や企業社長なんかと結ばれた方が幸せになれるだろう。クロンミュオンとの婚約が許されたらこちらから良さそうな相手を紹介するのも、礼儀としては悪く無いはずだ。
「いえ、ありがとうございました」
「こちらこそ」
 席を立つ。既に脳内では兄とミラに話す原稿を練り始めていた。



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