煙に巻く

※夢主の喫煙描写注意
(5部当時の法律において喫煙は16歳以上から可能であったことを注記しておきます)




「何か火をつけられるもの持ってませんか」
アジト内。どかりとソファに腰掛けたホルマジオの隣に小さく座りながらメーラはそう聞いた。ふう、と白い煙を吐き出した彼は意外そうにきょとん、として彼女を見た。彼女の右手の中指と薬指の間にはパッケージから出したままの煙草が一本、挟まっていたのだ。
「へえ?吸うんだな」
「ええ」
にっこりとしてそう答えたメーラに、彼は自らの吸っている煙草を咥えたまま彼女の方へ顔を寄せる。彼女も合点がいったようで彼のものより細いそれを咥え、煙草の先同士を擦り合わせた。シガーキスだ。本来であればかなり困難なもので、互いにタイミングを合わせて息を吸う必要がある。けれども彼女のスタンドは空気の組成を弄る。煙草同士が接する僅かな空間だけ酸素濃度を跳ね上げ自らの煙草の先に着火させるのだ。ぽ、と一瞬だけ互いの先にオレンジ色の炎が灯る様はなかなか幻想的である。
目を瞑りすう、と吸い込んだ煙を味わうように恍惚とするメーラを、ホルマジオは相変わらず珍しいものを見たな、と言いたげな目をして見ている。
「ふ、そんなに不思議ですか」
足を組みソファの背もたれにゆったりと姿勢を崩して座るメーラは妖艶と言っていいほどいつもとは異なる空気をまとっていた。普段の彼女が纏う空気が高山の花畑であるならば、現在の彼女は三日月だけが輝く夜だ。月光だけでは心もとないはずなのにふらふらと歩み出てしまうような。
「普段そんな匂いしねえからよォ」
ホルマジオはそんな彼女の雰囲気の高低差に寒気さえおぼえながらそう的確に指摘する。日頃口には出さないまでも彼はしっかりと人を見、観察する男だった。
「一月ぶりですからねえ。忘れたいことがあったときだけ吸うんです」
「何かやらかしたのか?」
「…恥ずかしながら交通事故が嫌いで。今日たまたま見ちゃってですねー。あの、煙とガソリンと、いろんなものが燃える匂い。飛び散る人間の中身に騒がしい周囲。震えが止まらないんです。ほら、私親が交通事故で死んでるんで」
ふう、と白く細い煙を吐いてメーラは言った。彼女の言葉はいつも真実と虚偽が混ざっていて分けることができない。どの部分が正しいか、何割が事実なのか、それすらも曖昧だ。
「そうだったか」
そうホルマジオは相槌を打ったものの、彼女の言葉の真偽を測りかねている。彼女は過去を聞かれるたびに全く異なるエピソードを語っていたからだ。彼が聞いていた話では彼女の両親は強盗に殺されていたり、そもそも顔を見たことがなかったりした。だからそう、シリアスな頷きと共に訝しみも含ませた返事だった。
「そういうことにしといてくださいよぉ」
とんとん、と灰皿に灰を落とし彼女は強請るような顔をした。駄々をこねてお菓子を買ってもらう幼女の顔である。よくもまあ、とホルマジオは呆れ顔だ。彼女の見た目は純粋無垢な食われる側の人間でありながら、その実その見た目を理解して食う側として最大限利用しているのだから。
「しょおがねぇなぁ!」
けれども。現状、メーラは仲間である。共に暗殺という心の死ぬ仕事をこなし慰め騒ぐ相手の一人だ。ホルマジオは口癖のようになっている言葉を発し、彼女の頭をがしがしと半ば乱暴に撫でる。
「待ってましたーホルマジオ兄さん優しーい」
それにメーラは、きゃあきゃあと棒読みの媚を売る。するりと寄りかかり彼の肩に頭をこてん、と乗せる。
「おうおう、かわいい妹ができたもんだぜ」
すっかり短くなってしまった煙草をぐじりと灰皿に押し付けホルマジオはそう茶化す。真偽はどうあれ、掴みどころのない少女の僅かな尻尾に触れられたような気がして彼は少し、上機嫌だった。



back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -