心中問答

「やあやあグズマさん」

 岬にて。
 夕日を背にした少女はざり、と土を大袈裟に踏みつけやってきた青年に会釈をする。青年から少女の表情はまるで見えない。日中空を見上げるよりは遥かに弱い陽光だが、丁度少女と周囲の境を曖昧にするかのように真赤に塗り込めてしまっているので、最早存在すら確信できないのだった。

「一体何の用だ」

 自分の呼びつけには応じないくせして有無を言わせずこちらを呼び出す。そんな少女の横暴さに青年は苛立っていた。青年にとってこの少女は、破壊者であり、また救済の手を差し伸べた女神でもあった。勿論青年と少女の力の差は歴然であり、捻じ伏せてしまうことも容易い。しかしそれを行わないのは、彼なりのけじめをつけるためだ。破壊への報復、救済への礼。そのどちらも済まさないうちに少女の前から消えてしまえば、かつて同じように青年を破壊し救済した女への対応と何一つ変わらず、二度も同じ過ちを繰り返すようで嫌だったのだ。

「いえ、用事というほどでも無いのだけれど」

「じゃあ何でオレさまの呼びつけに応えねえ」

 青年は苛立ちを隠さず、しかし静かにそう少女へ吐き捨てた。回答さえ求めていないその様子に、少女は落ち着いて返す。

「だって、グズマさん消えてしまうおつもりでしょう」

 ぐ、と息を詰める青年をよそに、少女は更に続けていく。

「そうして罪だなんだと重苦しい枷を自分に掛けてそのままわたしの知り得ぬところで、」

 そこまで言って少女は青年の顔を見た。夕日の沈んでいくのは早い。青年の背に低く浮かぶ月を宿したかのように強烈な少女の視線に、青年は恐怖すらおぼえた。―ああ、これは、人外の瞳である。

「まあ、わたしが言いたいのは、」

 少女と青年の間には一歩ほどの間がある。丁度同じだけ、少女と崖の縁にも間があり、そちらへ向かって少女はするすると一歩下がる。。

「…おい」

 悪魔めいて、聖女のような笑みを浮かべる。

「人間、楽しく生きたほうが良いってことですかね」

 だって案外こんな風に、簡単に終わってしまうんですし。

 音もなく、緑色に瞬く中へ吸い込まれるように、少女が消えた。

「…ッ」

 その様子がまるで宗教画のようで一瞬だけ動けずにいた青年はハ、と我に返り崖へと走り―少女へ向かって跳んだ。全てがスローモーションに見える中の一瞬だ、もう瞬きもできないくらいの間であったのだが、青年は既に唇を噛みちぎらんばかりに後悔していた。何せ、重なるのだ。
 思い切り下へ向かって崖を蹴ったので、少女に追いつくまでは容易い。そこで少女を抱きしめる。少女はきょとん、としていた。青年は思う。もう、この思考を終える前に、海面下かはいざ知らず岩にブチ当たるのだ。自らを盾にすれば少女は助かるであろうか。ああ、この少女と脳髄も臓物もごちゃまぜになってしまうのも、或いは。

「…っふ、あははは、最高だねぇ、グズマさん」

 けろりとした声が響く。走馬灯であろうかとぼんやりする青年に、少女は言葉を続ける。

「準備もせず飛び降りるほど、できた人間じゃないんですよ」

 少女も青年も、グラデーションを足元に見ていたはずの視界が、元に戻っているのだ。

「は」

「ポケモンを仕込むなんて、今時マジシャンでもやらないよ」

 ふわりとそのまま崖下の砂浜へと器用に2人を運んだのはランクルス。少女のパートナーたるポケモンであった。

「お前、!」

 一呼吸置いて怒りを実感できるほどになったのか、青年は少女の胸ぐらを掴み怒声を浴びせる。それを気にもとめず少女は至極冷静に言った。

「さ、これでグズマさんはわたしと心中しました。ですので来世は一緒に楽しまねばなりません」

 訳がわからない。怒る気力もないと、呆れて青年は溜息を一つ吐いた。

「というわけで貴方は消える理由もなくなった」

 もう諦めたように、例の笑みを浮かべこちらへ手を差し伸べる少女の手を取った。

「やっぱブッ壊れてんな、お前」



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