プロポーズ以上、死刑宣告以下。

「こんにちはぁ」
 傘の露を払いながら交番に入る。ニャース達が沢山いるこの建物は話題のスポットになっても良いと毎度毎度思うのに観光客どころか地元民も少ないのは、ここから近いポータウンにスカル団の根城のようになっているからだろう。所謂治安があまりよろしくない地域という認識をされている。
 そんなところにも交番はあり警官がいる。この島のしまキングも兼任している、クチナシという男だ。人嫌いのようでありながらその実面倒見は良いし、扱いの難しいアローラのニャース達に好かれているし、何よりカプに選ばれてしまキングになっているのだから、そんなに悪い人ではない。
「…また来たのかねえちゃん」
 彼はわたしのことをいつもそう呼ぶ。ねえちゃん。おかしな話だ。だってまだ11歳の女子を、大人な彼がそう呼ぶのだもの。嬢ちゃんあたりが精々だろうに。
「お土産付きですから目を瞑ってください」
 マラサダがいくつかと、ニャース達へのポケマメを一袋。土産なんてなくても、折角来た人をそのまま帰すほど彼も薄情ではないのだが。
「まず髪でも拭いたらどうだ」
 ぽふ、と投げつけられたのは白いフェイスタオル。洗剤のよい香りがする。何度も何度も彼と会って彼と話しているのに、彼から生活感を感じるのはこの瞬間だけだった。
「やぁさしい。クチナシさんありがとう」
 そう返すと彼は、ココアで良いか、と水屋を開けカチャカチャやる。エネココアは元々ここにはないものだった。彼はコーヒーしか飲まないので。ここにわたしが来始めて数回目から、いつの間にやら彼が用意していたものだ。

「…で、何の用だ」
 彼はコーヒーを、わたしはココアを。一口二口啜って、彼はそう切り出したのだった。
「………近況報告?」
「週に一度は絶対来るくせに」
「それじゃあ、お悩み相談ってことにしといてください」
 マラサダを一つ頬張る。ううん、お茶菓子にするには少し大きいサイズのような気がする。
「―クチナシさんは、わたしがウルトラスペースに行くとなったら付いてきてくれます?」
「…そりゃまた熱烈なプロポーズだねぇ」
 彼もマラサダを一つ食べる。彼にとってはそんなに大きくないように思えて、思わず自分の持っているものが他より大きいのかと見比べてしまう。
「で、どういう考えでそうなった」
 指についた粉砂糖を手を叩くようにして払い、彼はそう問い返した。
「いやぁ、どうもウルトラビーストに好かれちゃったみたいで」
 ウルトラビースト。ウルトラホールの向こう側からやってくる、危険な生物たちだ。彼らはあまりに強すぎる。殲滅か保護かという二択で、わたしが保護することになったのだった。そうして捕獲し現在わたしが保護しているのだが、極秘任務だったこともあり口外することは躊躇われ、任務に協力してくれたクチナシさんくらいしか相談できる相手がいないのだ。
「時々ね、彼ら、わたしをウルトラホールの開く場所に連れて行くんですよ。そして、もうニャースも通れそうにない小さな穴であっても、わたしをそこに入れようとするんです」
 内側から手を引く。背を押す。抱えて飛び込もうとする。ウルトラホールの開く場所に連れて行くだけなら、きっと故郷に帰りたいのだろうと納得することもできた。けれども彼らの目的はどうも、わたしを向こう側に連れて行くことらしいのだ。
「で、どうしてまたこんなおじさんなのかねぇ」
 彼の、この地方にしては珍しい不健康そうな青白い肌がいつもより青ざめていた。そんな焦りは顔色だけにして表情はいつも通り。閑話休題と言わんばかりにそうぼやいた。
「クチナシさんといると胸の痛みが収まるので」
 二つ目のマラサダに手を伸ばす。
「は」
「いやぁ、クチナシさんに会っていない日はどうにもずきりずきりと痛むんです。もしも心が臓器としてあるならば、そこをぎゅうと握りしめられているように。病院にかかろうとしたんですがクチナシさんといるときだけ治るなんて絶対に病気ではないでしょう?」
 彼も二つ目を手に取ろうとして、盆の上で手を迷わせて、やめた。
「ウルトラスペース、居心地は悪くないんですがどうも痛みに耐えるのは寂しいと思って。だからねぇ、一緒に来てくれませんか」
 口の中に押し込んで、指先に付いた粉砂糖を舐る。そうして彼の顔を見ると赤い瞳は珍しくきょとんとわたしを見つめており―それから堪えきれねえや、とでも言うように笑ったのだ。
「はー、傑作だよねえちゃん。いいぜ、ウルトラスペースだろうが何処だろうが、一緒に行ってやろうじゃないか」
 初めて聞くような豪快な笑い方で一頻り笑った後、いつものニヤリとした顔をして、彼はわたしに手を差し伸べる。上を向いた彼の掌に、まるでダンスに誘われたレディのようにそろりと手を乗せた。

「それじゃあ、また」
 ライドギアがあるのにわざわざ傘を差し、飛び跳ねて帰路に着いた彼女を見送る。
 また難儀なものだ。異世界の生物に好かれてなお、異世界に連れ込まれそうになってなお、その恐ろしさがわからない。恋の痛みも知らぬ小娘に、Fallだから強いからと背負わせた結果がこれである。どうあっても、結局我々の選択は間違っていたのだと彼女の存在が告げていた。活発だった少女の面影もない。わずか11歳で人間の手に負えぬ生物の親になったせいか、変に大人びてしまった中身と、幼いままの外側。彼女を表現するなら、「歪」。組み合いもしないピースを無理にはめ込んだパズルみたいだ。
 彼女の発言を熱烈なプロポーズだと茶化したが、そんな程度のものではなかった。一緒に死んでくれと、二度と戻れないだろう逃避行へ誘う彼女の心情は、一体どんなだっただろうか。人間を軽く屠りうる生物に囲まれてふたりきりで暮らそうという彼女の提案は、最早プロポーズというよりも死刑宣告じみていた。
 なぁお、と足元にニャースがじゃれつく。
「…お前ら、自分たちでやっていけるか?」
 きっと何も理解してないだろう。そんなものだ。気ままな彼らに忠義やら恩返しを求めるのが間違っている。
 次彼女が来る時が、きっとそのときだ。ウルトラビーストたちと話を付けてくるから準備しといて、と彼女は去っていった。
「そんなにいいところなんかねぇ」
 雨の止まないここより、少しはマシだといいんだがなぁ。そう呟いて、彼女の後ろ姿も見えなくなったので戸を閉める。ああ、書き置きくらいは残しておこうか。



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