忘れていたのでなく

「…日本号さん」
「ん、どうした。アンタも飲むか?」
 肌寒くなってくる薄暗い中。縁側にて舐めるように月見酒を嗜む日本号へ、少女の声が降る。
「ジュースを持参したのでおつまみを分けてください」
「抜かりねえなあ」
 ミキサーで先程作ったであろう泡立った野菜ジュースをグラスに揺らして、少女は日本号の隣へ座る。ぶらりと部屋着のハーフパンツから覗かせた脚を遊ばせて、日本号が厨で用意してきたカリカリに焼いて塩をまぶした鶏皮を摘んでいる。そしてぺろりと親指を舐めてこくりとジュースを飲む。
「…ずっと考えてたんですよ、なぜ日本号さんと一番相性が良かったのか」
 そして一息ついて、少女はそう切り出した。彼女は刀剣男士との霊力パスを繋ぐ際、顕現してろくに時間も経っていなかった日本号と接続ラインを結んだのだ。医師の方からは「最も相性が良かった」とだけしか説明のなされないまま。
「先日…その、日本号さんの槍を見たでしょう?それで思い出しました。私、小さい頃、博物館で見たことがあったんです」
 少女の言葉に日本号はぐ、と息をつまらせる。先日彼は彼女の手に槍を、刀身を握らせ掌に傷を作らせていた。それを彼女は、ただ「槍を見た」と言ったのだった。流石の日本号も面食らってしまう。本当にこの少女に貞操観念やまっとうな感覚なんてものは存在しないのだな、と末恐ろしくなる。
「きれいでした。暗い部屋の中できらきらして、ぎらぎら光って、まるで、」
「宝石みたい、か?」
「…はい。人を斬る道具だとは、到底思えなかった。そして、一度でいいから触れてみたいとも」
 うっとりと、少女は言った。
「怖くないのか。今度はオレに腹ァ貫かれるかもしれないんだぜ」
 案外そのつもりだったんだぜあのとき。そうは口に出さなかったものの、日本号は少女を脅すように言う。自分に貫かれるという話ではない。このままでは、彼女は他の男士からも同じように迫られて許容してしまうだろう。
「別にそうなったっていいと思ってここにいます、なんてのは少し冗談ですが。まあそれはそのとき。その程度だったってことですよ」
「はーぁ。ったく敵わねぇなあ」
 少女の、滔々と述べる言葉に彼はため息を漏らす。まるで決められた台詞を喋る演劇のように、他人事のように語るその姿は、あまりにも人間離れしていた。人の子でありながら、人外の思考回路をしているのだ。
「…何がです?」
 それでいながら、少女は幼子のように首を傾げる。ぐい、とお猪口を呷った日本号に倣い、少女もグラスの中身をごくりとまた一口。月が綺麗だなァという彼のつぶやきに少女ははい、とただ頷いたのだった。



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