***を喰らう

※閲覧注意


「お、何か用か主」
 びくん、と大げさに身体を震わせた少女は、何か後ろめたいことでもあるのか呼びかけにぎぎ、と油の足りない絡繰のように振り向いた。ここは自室、日本号の部屋として割り当てられた十畳そこらの部屋である。
「は、えっと…勝手にお部屋入ってごめんなさい…その、今日の霊力供給は日本号さんなので、どの方法でするのかお聞きしとこうと思って…」
 ふにゃりと困り顔で彼女は言った。こちらの目をしっかり見上げてはいるものの、指だけは遊ばせている。背の低い主からすればオレなんかを見上げるのは辛いのだろう。突っ立っている彼女の隣にすとんと胡座をかき、彼女の腰に腕を回しそのまま自分の脚の上へと座らせた。
「…えっ、あの、?」
 珍しく慌てる彼女に、にやりと口角が上がる。特に弁明もしないままするりと彼女の胴に腕を這わせ背に胸を触れ合わせ抱き竦める。あまり動じない彼女が取り乱す姿を見ると、どうにも嗜虐心に似た何かがずくずくと刺激される。全く、人間の中身の機微というものはほとんど動作不良のようなものらしい。
「いいじゃねえか、もっと深いところで繋がってんだろアンタとオレはよ」
「い、言い方!」
 ぱたぱたと細こい脚をばたつかせる彼女の赤い顔が、僅かであるが姿見に映っている。
「あァ、霊力だったか。いつもので構わねえよ、それとも」
 アンタはまぐわいの方が好みかい?―そう耳元でわざと熱っぽく囁やけば、彼女はひゅ、と微かに甘い母音を含んだ息を吐いて小さい身体を強張らせた。
「け、血液の経口摂取ですね、器具を取ってきますので、」
「なァ」
 また彼女の小さな耳へとろりと流し込むように呼びかければ彼女の動きが止まる。彼女の扱いは大変に簡単だった。こうやって息を多く混ぜた熱っぽい声で囁やけば思考も行動も止めてしまうのだ。そうしてそこへ要望を続ければ、蕩けきった声で息も絶え絶えに了承の返事を寄越した。聴覚からの刺激に弱いのだろう、いつもこのように情事の最中のような甘ったるい雰囲気を纏うのだ。
「なんですか、」
「アンタの血が欲しい」
「それは…どういう…?」
 小さい彼女の手に指を絡ませ、より一層強請るような声色で言った。彼女の血が欲しい、欲の表現としては半分正解といったところだ。彼女の血をずるりと舐りたい、それ以上に、彼女が痛いと取り乱すであろう姿を間近で鑑賞したかった。初めてオレの血液を彼女が摂取したとき―初めて、刀剣男士からの接続ラインを貫通させたとき―あのときの、全身で苦しみ喘いでいた彼女の姿が忘れられない。喉を潰した声で、身体を反らし白い喉を晒し、涙すらぼろぼろとこぼしながら、こちらへ「助けて」と手を伸ばす様は、オレの目には非常に官能的に映ったのだ。有象無象の女が快楽に溺れる映像なんかよりも、余程。
 左手に槍を出現させ、彼女の右手へ穂先を向ける。
「握っちゃくれねえか」
「え、ええと…」
 流石の彼女も二つ返事では頷かなかった。綺麗に保たれた刀身が部屋の灯りを反射し彼女の顔をぎらりと凶悪に照らす。今まさに彼女を言いくるめて喰らおうとしているオレのようだ。
「何、こいつにアンタの血を纏わせたいだけだ。心配なら消毒でもするか?」
 腰に提げた瓶から、酒をとろりと刀身に伝わせる。透明のこの液体の次は、彼女の身体の中を流れる赤く熱い血が伝うのだと考えるとそれだけでゾクリと背中に快楽に似たものが走る。
 刀身に触れるか触れないかで指を伸ばす彼女の仕草がもどかしくて、上からその手を軽く握り込む。
「ぁ…や、だ…」
「大丈夫だ、我慢できるだろ?」
 糸のように細く震えた声は、やはり反応が乏しいと言っても痛みが怖いことに違いないことを証明していた。いいか、と薄い耳たぶを食み舌を這わせて言えば、彼女はおそるおそる頷いた。
「…っふ、ぅ゛…!い、っ…!あつい、」
 つぷ、と柔く滑らかな掌に刃が入りこみ、皮膚をゆっくりと裂き、ブツンと筋肉を切り、血管を破り…とろんと熱い血潮が刀身を伝っていく。
「ッハ、ァ…」
 ただ液体が伝っているだけだというのに、ゾクゾクと快楽中枢が刺激されて止まらない。腹の底が煮え滾るように熱く、ずず、と蛇か何かでも這っているような気分だ。本体に馴染ませているだけだというのに、血液からするはずもない、鼻をつく濃厚な花の香りだけで酔っ払ってしまいそうだ。
「ぐ、ぅ……!はぁっ、う……!」
 それ以上に、腕の中で小さな悲鳴を上げる彼女にたまんねえな、と喉が鳴る。ちらりと姿見へ目線を移せば端に、顔を真赤にして涙を滲ませてこらえる彼女が映る。ああ、このまま喰らってしまいたい。薄い肚も、細い脚も、可愛らしい頬も、全てをオレが裂いて、ずるると啜って噛みちぎって、それでなお痛いと息も絶え絶え泣き喚く彼女が―ああいや、腹を突けば人間は死ぬんだったか。けれど、取り返しがつかないとわかっていても手を出したくてたまらない。
 僅かに血液の付着した左手の槍を放って、右手を恋人のように握り持ち上げ、すっぱりと鮮やかな傷口に舌を這わせた。表面だけを舐るのでなく、傷の中に挿し込むように、傷を抉るように。
「っ、痛い、いたい、!にほ、んご、さん!いたい、あつい、いたいよぅ…!」
 啜り泣く声が一層大きくなる。口腔内を満たす芳醇な花の香と、甘酸っぱいばかりの味。果実のようだ、と思った。オレの名を呼ぶ鈴のような声はもう、静止の役割を成しておらず興奮剤にしかならなかった。ああそうだ、彼女を裂いてしまうのは止めだ、止め。このまま彼女を組み敷いて彼女に冗談で提案したとおり、昂ぶってしまった熱をぶつけてしまおう。それがいい、なんにせよこの薄い肉を掻き回すことに変わりはない。
「に、日本号、さん!だめ!」
 崩れるように畳へ押し倒したところで、彼女は力強く拒絶の意思を顕にした。はふ、と乱れて荒い息を無理に押し込め、きり、と色素の薄い潤んだ瞳で睨みつけ、けれど眉だけは困ったまま。
「…その、性行為…による供給なら、せめて、手当してから、布団の上、がいいです…」
 消え入るような声で彼女は言った。面食らってしまう、声を荒げもしない彼女のはずだ、オレの主は。それが、こんなにも、感情を顕にして、オレを拒絶している。その事実が、あまりに素晴らしい成果なのだ。もともと彼女の取り乱す姿が見たくてやった行為だ、狙った以上の獲物なのだ。ああ、それは、大変に、素晴らしく、この上なく―。
「…悪かったな」
 思い出したように謝罪を述べて、彼女の頭を撫でた。怖かったろうなあ、こんな男に欲望のままに切られ喰われて。それでもなお申し訳なさそうに拒絶をする彼女は、なんと絆しやすいのだろう。彼女の味の余韻が堪らず、舌なめずりをした。いつ本当に喰ってしまおうか。それを考えるだけで腹でなく魂のようなものが、空腹を訴えているのだった。



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