(待ってた、ずっと)

「マスター、どうかしたかい?」
「ええっと、その…髪の毛乾かしてほしいなって……」
 アサシン、と呼びつけられて姿を現せばマスターたる少女はそう言った。何の手違いか新宿で縁を結ぶよりも前に召喚されたせいで彼女はずっと自分を「アサシン」と呼んでいた。勿論、真名が判明した今でもそれは変わらない。
「ん、お安い御用だ」
 彼女の手に握られていたドライヤーとタオルを預かり、ベッドの上に座る彼女の髪をそろりと撫でる。年頃の娘なのだからせめて鏡台でもあれば、とは思うがこの殺風景な部屋には相変わらず家具の類が増える気配はなかった。
「ごめんねこんなことしてもらっちゃってて…でもアサシンにしてもらうのすっごく気持ちよくって…」
「構いなさんな、いつも頑張ってるマスターへのご褒美だ」
 タオルで髪の水気を取ってから乾かしていく。大音量の風で舞う夕日色の髪に指を通す。髪は女子の命とも言う、いくらこんな状況でも彼女にはそれを諦めてほしくはないし、口には出さねど彼女もそうだろう。
 うとうと船を漕ぎ始めた少女に思わず口元が緩む。彼女を髪を弄られるのはとても安心できるのでつい眠くなってしまうのだ以前言っていたっけか。何にせよ、そこまで信頼されているのはやはり嬉しい。クラス:アサシンである自分に寝首をかかれるなんて微塵も思っていないのだ。
「マスター、終わったが…」
 少女を起こさないようにしっかりと髪を乾かし整えてやり、全て終わったところで声をかける。
「!っあ、ごめんまた寝てた…?」
「いやいや疲れてるんだろ?ゆっくり休みな」
 ありがとう、と情けなさそうに言う彼女にひらりと手を振り、部屋から出た。
 
 いやあ素晴らしい。まさかこんなに上手いこといくとは。事あるごとに少女は自分を呼びつけ、こうした日々の雑事を依頼してくる。以前は全て自分で行っていたであろうことも、今では殆ど自分がやっていた。しかもそれを少女は申し訳なく思いはするものの恐怖には感じていない。あと少し、あと少しだ。
(立香は、この俺無しでは生きていけなくなる)
 無自覚のうちに、いつからともわからぬまま。釣り上がる口角を隠すように手で口元を覆った。



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