呼吸を忘れてしまうほど

 血塗れた皮膚、風に靡く白髪、爛々と光る好戦的な瞳。それらがゆっくりとこちらを振り返っていくその様を目の当たりにするのは、まるで肉食獣の手前で怯える小動物になってしまったかのようだ。ぞわ、と快感にも似た恐怖が臓物の奥から這い上がってくる。彼女がわたしを手に掛けることはないとわかっている。それでも彼女と戦闘に出る度にこの危うい感覚は襲ってくる。
「…マスター、敵は屠り尽くした。もう留まる必要もなかろう」
「っうん、ありがとう。流石の強さ、いつも助かってます」
 つっかかりながらもそう告げると先程までの殺気は消え、彼女は「当然である」と得意げに微笑んでいた。アマゾネスの女王なのだからこの程度造作もないことなのだろう。それでも彼女の圧倒的強さには心底惚れ惚れしてしまう。
 本当は彼女の戦う様子がとてつもなく好きで、一番に駆けていき嵐のように敵を屠っていく様はいつも心を奪われてしまって、けれども一番言いたい言葉は、彼女に伝えることができない。返り血を浴びながら果敢に戦う様は、咆哮を上げる様は、キッチリと鍛えられた筋肉と無駄のない身のこなしは。たった五音の形容詞なのに、伝えてはならない。
「最近集中力が落ちているようだが大丈夫か、この女王のマスターであるのだぞ」
「えっ…ううんそうかなぁ…気をつけます…」
 見惚れている。夢中になっている。憧れている。彼女だけを見つめてしまう。この思いを告げたら彼女はどんな反応をするだろうか。仕方ないと目を瞑るだろうか。お前も同じなのか、と哀しむだろうか。それとも一瞬に食われてしまうだろうか。こんなマスターでごめんね、呼吸すら忘れるくらい、わたしは、貴女が―。
 



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