あの頃に戻れたら

「アーチャーはさ、あの頃に戻れたら、とか思うことってある?」
「それは所謂生前、ということかネ?」
 彼とのティータイム、無言なのは如何なものかとそんな問いを投げかけた。
「あー……そんなとこ、かなぁ」
 しかし彼に対してはそぐわない質問だった。彼―ジェームズ・モリアーティは物語の中の存在である。
「フム…私に生前が無いことはわかっているようだから問わずにおくけども…無い!と言い張るとしよう!」
 スコーンにブルーベリージャムを塗ったナイフをカタリと置き、彼はそう言った。
「不思議かネ?」
「ええ、まあ」
 スコーンを一口齧って、頷いた。普通、人は後悔しながら、たらればの考えに支配されて生きるもの。物語の登場人物でもそれは違いないはずだ。なぜならその創造者も人間であるからだ。
「何せ、私の過去なんてインクと紙とフィルムだけだ。操った部下も、滝の記憶も、私でさえもその例外じゃないのサ」
 紅茶を啜る。ああ、本当に絵になる人だ。曇り空色した碧眼を閉じて、すらりと長い脚は組んである。灰色の髪はキッチリ撫で付けてある。ああ、ほんとにかっこいい人だ。
「そっか」
「そうだとも!それに作者(シャカ)のいない環境だ、運命は変わらずとも多少は自由に動ける今を楽しむべきだろう?たとえそれが掌の上であろうと、ネ?」
 彼には、絶対に抗えない存在がいる。善に対する悪。倒される運命。別の世界線(スピンオフ)ではいざ知らず、最終的に辿り着くのは落下した先、水の底。
「悲しむのは筋違いだヨ、マイガール。…ああ、万が一にでもあるとすれば…一つだけ」
「?」
「出会いだよ。リツカ君との出会いだけは変えられない」
「であい…」
 彼との出会いは。捻じ曲がった悪の街、新宿。そこで、彼はわたしごと世界を葬ろうとしたのだ。
「でも、あの特異点の中枢でなかったら、ジェームズは」
 彼が召喚に応じることができるのは、ジェームズ・モリアーティに加え魔弾の射手という幻霊を取り込んでいるせいだ。それを取り込んだのはあの特異点のせい。あそこでわたしの敵でなかったなら、幻霊を取り込んでいない。取り込まなければ、召喚されない。
「だから『無い』と言ったのサ。ただの謎のイケオジサーヴァントとして一般人・リツカ君と出会っていればラブロマンスや冒険活劇の一つや二つ!という筈だったんだがネ。悪役が一般人少女と素顔を隠して駆け引きをする…いやまったく有り触れた二次創作だ」
「いいや、最高のスピンオフだよ。悪役とその素顔を知る少女の話。しかも続編はこれからいくらでも作っていける」
 しばし目をぱちくりさせて、彼はいつものように黒幕らしく口元を緩ませてみせる。
「ハハハハ!これは一本取られた!―再び誓おうじゃないか、私は君のために暗躍してみせるとも!」
「…でもほどほどにしてよ、毎度毎度大変なんだから」
「善処するとしよう!」
 彼は逃げるように空になった食器類の片付けを始めてしまった。ううん、これでは悪役と少女じゃなくて、いたずら好きの少年とその幼馴染の話になってしまうじゃない。



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