感情の域をこえる

「どうしましょうか」
 とろとろと耳に侵入してくるような心地よい彼の声にハ、と我に返る。
 今は調査中にケイローンとある部屋に閉じ込められてその脱出方法を考えているところだ。
「や、やっぱり、言うとおりにするしか無いんですかね…?」
 考えている、と言っても既に脱出方法は明示してある。あるのだが、その方法が、ちょっとばかり特殊なのだ。
「…そうですねぇ…できれば他の方法を模索したいところですが、時間も限られていますし…」
 珍しく彼が頭を捻る姿に少しだけときめいてしまう。
 不謹慎ながら少しだけ、この状況を嬉しがっている自分がいた。密かに慕っている相手と、二人きりの部屋。条件を満たさなければ出ることもできない。必死に彼が考えている姿を間近で見ることができる。部屋だってダブルベッドがひとつとあとは少しの家具というビジネスホテル並で広いわけではないしいつもより距離が近いことも確か。
「しかしよろしいのですか、マスター」
 脱出条件として課せられたのは、「接吻」。ドアと思しきところに貼り付けられた金属板に記されており、しかも※付きで「唇同士で行うこと」とまで指定してある。どういうシステムで部屋から出られるのかは謎なのだが、まあ、明示されているのならきっと大丈夫だろう、と。
「う、うん…せ、先生となら、」
 段々と声が小さくなっていくのが自分でもわかる。どっどっどっどっと心臓が煮え立っている。きっと見られない程赤くなった顔をしている。正規の手順を踏んでいないとは言え、好きな人とキスができるだなんて。しかも、初めて。人生で初めてのキスを、一方的に慕って止まない彼と。
「…責任は取りますので」
 ぽつ、と呟くような彼の言葉を理解する暇もなく、ケイローンの腕に捕らえられる。見上げた彼の浅葱色の瞳にぞわ、と少しだけこわくなってぎゅうと目を瞑る。彼の体温が、心音が直接伝わってくる感覚に酔いながら、ふに、と当てられた柔らかいものにびくりと身体を震わせた。
 かちゃん。
 やけにアナログタイプな解錠される音が響いた。
「…よかった、出られそうですね…マスター?」
 頭がぽわんとしている。霞がかかったみたい。全身が心臓になったように熱くて鼓動が響いている。ぐらぐらと世界が回っている。心のなかで処理できなかった余剰が肉体に影響を及ぼしているらしい、まるで一気に熱でも出したかのような感じだ。
「ごめんなさい、ちょっと、興奮してて、まっててほしい」
 べらべらと喋る舌も自分のものではないみたいだ。
「好きな人と、き、キスできてすっごく嬉しくって、はじめてだしすごくドキドキしてて、あああ!その、ええと…」
 口を開けば墓穴しか掘らないとわかっているのにずうっと喋り続ける口はもう歯止めが効かない。
「先生のことが好きなので!とてもうれしくて、おさまるまで、まってて……」
 そういえば未だ彼の腕の中だ、ぎゅうと抱きしめる力が強くなって、これは――。
 そこまで考えたところで、ぷしゅう、と頭から煙が出るようにオーバーヒートを起こす。もう何も、考えられない。



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