「ごめんね、ごめん。」

「…おや、目が覚めましたか」
 ゆったりとした声が耳に心地よい。また閉じそうになる瞼をなんとか開けて、彼の方を見やる。
「ケイローン、先生」
「はい」
 彼の手には花束がある。きっと、ベッド横の花瓶に活けに来たのだろう。目覚める度に花が変わっているなあとは思っていたが、彼がやってくれていたとは。真っ白なこの部屋で、唯一色と変化をもたらしてくれるのがあの花瓶だった。
「いつも、ありがとうございます」
「いえいえ、礼には及びません。実際、私は花を持ってきているだけです。毎日沢山のサーヴァントが詰んできてくれているのですよ」
 そう言ってバランス良く花を配置していく。世界が構築されていくようだ、とふと思った。
「先生、」
 作業中であるというのに彼の手に触れる。本来なら終わるまで待つべきなのだろうけれど、遠のき始めた意識に待ては効かない。酷使し続けた身体は、その反動で過度な睡眠を要求してくる。おかげで、誰かと喋ることさえ久しぶりだった。
「…ごめんね、ごめん。ごめんなさい」
 彼は一度花を花瓶の横に置き、縋るように凭れたわたしを抱きとめた。エーテルで編まれた身体だというのに微温い彼の身体は、サーヴァントという概念を忘れさせてしまう。
 わたしが出来損ないだから、才能がないから。謝罪を繰り返して、涙を零して。頭を撫でる彼の手に、余計に申し訳ない気持ちが募る。――ああ、そろそろ、また、落ちる。

 糸が切れるように眠ってしまったマスターをベッドに横たえる。この少女に背負わされた荷に哀れみを抱いてしまう。抱きとめた際、こんなにも軽く小さいのか、と言葉を失った。神の血縁でもなければ、英雄でも無いと言うのに。
「…リツカ」 
 手は尽くしたが、それでも何の改善にも至らなかった自分が腹立たしい。謝るのはこちらの方だ。夢の中でだけでも少女が責任という枷を外されますように。既に深い眠りに入ってしまった彼女に、声が届いているかどうかも定かではないのだが。



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