抑えきれる程度の想いだったらよかった

 恋をした。
 いや、「英雄色を好む」に違いなく生前、死後、後世の創作に至るまでそんなことは多々あったのであるが、今回だけは勝手が違う。相手は、マスターだった。
 美女、というわけではない。どちらかと言えば愛らしい少女。魔術はろくにできやしないが指示はよく通る。道具であるサーヴァントを、人として扱っているようだった。おかげでまるで受肉したかのように日々を送っているサーヴァントも多い。そんな人懐こい彼女と時間を過ごしていく度に、彼女に向ける矢印が信頼でなくなってしまっていた。
 愛してはいけない人に、恋をしてしまった。殺したくない。嫌ってしまいたい。愛している。感情が心の内で乱反射してズキズキと割れてしまいそうだ。彼女を思えば思うほど、彼女のやわらかな肌を己の槍が貫く光景が頭を離れない。彼女を組み敷いて無理矢理犯してやれば嫌いになってくれるだろうか。もういっそ思いの丈をぶつけてしまおうか。
「リツカ」
 愛おしい、嫌うべきマスターの名を呟く。懺悔も、後悔も、もう既に手遅れだ。
 恋をした。
 幸せで、かなしくて、心が踊るような、締め付けられるような。初めての感覚に大層驚いた。少女漫画の主人公は、こんなぐちゃぐちゃな心で日々を送っていたのだ、と最早尊敬に近い感想さえ漏れる。
 けれども、そんな感想や心の騒動は一瞬で終わる。失恋したわけではない。ただ、恋心を抱いてはいけない相手だっただけのこと。いくらわたしのために槍を振るい馬を駆り、どんなに慕ってくれようとも、彼は、死人だ。サーヴァントである以上、彼は過去に生きたオリジナルのコピーでしかない。そのうえ、わたしはマスター。彼らを使役する人間。彼らは道具に過ぎず、わたしはそれを使う人間に過ぎず。意味はわかっていても心の奥底で理解ができていない。元々魔術やらなんやらとは無関係な人間であったし、魔術師に必要な感覚は一般人として育ってきている以上身につくものではない。
「…すき、すきです、ごめんなさい。ごめんなさい…っ」
 嗚咽を漏らす深夜零時すぎ。敬虔な教徒が祈りを捧げるように懺悔する。シーツに染み込んでいく涙みたいに、彼への恋心もどこかへ消えてくれればいいのに。エラーだらけのこんなマスター、嫌いになってくれたら良いのに。



back
しおりを挟む
TOP



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -