看病(※疚しくない)

「おやいいところに」
 呼び止められて振り返れば、そこにいたのはダヴィンチ女史。はて、俺に用があるとは一体…まあきっとマスター関連のことだろうけど。
「何の用だ?」
「ご想像通りマスターのことさ。薬を飲ませてやってほしいんだ」
 これだから天才は。しかし断る理由はもちろん無い。マスターは昨日から風邪を引いたかで寝込んでいる。連日の戦いで魔力消費も著しく、ドクターストップをかけられ休息を取ったところ緊張の糸が切れたのかどっと体調を崩した。今まで背負ってきた精神的ないろいろが一気に吹き出たとかいうやつだ。
「…しっかしいいのかい、こんな夜中に」
 体を動かしていないせいか俺も眠るに眠れず施設内を散策していたが、時刻は午前一時を回ったところだ。他の奴らは知らないが最近まで一般人だったマスターは眠っている時間だ。
「ああ、問題ないよ、8時間おきに飲まなきゃいけない薬でね」
 ついでに体温とか様子を見てきてくれないかい、と言われ、手に小瓶を握らされる。いかにも怪しい、薄い桃色の液体。
「…これホントに大丈夫なんだろうな」
「勿論さ、副作用はそんなにない」
「…そんなに」
「まあ身体には影響がないんだよ?ちょっとハイテンションになったり饒舌になったりするだけで」
本当だろうな、と睨みをきかせたが彼女/彼は、少しも動じやしない。まあ日中もドクターか盾の嬢ちゃん…ああ、マシュちゃんか、その子が薬を飲ませてるはずだ。特に大変だったなんて騒ぎにはなっていなかったし、まあ問題はないだろう。
「へいへい」
「助かるよ、私は工房にいるからね」



 プシュ、とドアを開け部屋に入る。(年頃の娘がこんな誰彼構わず入れる部屋に寝るのはオジサンどうかと思うけど。)間接照明のオレンジ色の光がぼうっと室内を照らす。ハァ、と苦しそうな浅い呼吸が響く。
「…マスター、起きてるか」
「…ぅ」
 ベッドの脇の丸椅子に腰掛けると、彼女は呻き声を漏らした。眠りも浅いようだった。
「…へくと、る…?」
「薬持ってきたけど飲めるか?」
 抱きかかえて上半身を起こしてやる。いつもより幾分体温が高い。熱が篭もるんだろう、頬は赤く瞳は潤んでいてすぐにでもぽろりと涙を零しそうだ。
「のめる…」
 小瓶の蓋を開け、彼女に渡す。彼女は受け取って、少しぼぉっとした後、薬をこくりと飲み干した。精々彼女の親指ほどしかないサイズの瓶を両手で持って口に付ける様子はどうにもいじらしい。
「何か欲しいものあるなら持ってくるが」
 小瓶を受け取り、彼女の頭を撫でながら言う。こんな小さな子が全人類背負ってるなんてねぇ。そりゃあ熱も出るわけだ。
「…へくとーる、こっち、きて」
 ぽふぽふ、と自分の隣を叩く。まったく、警戒心の欠片もありゃしない。
「なんだい、マスタ、んっ」
 熱が引いたらキッチリ説教してやらないとな、と思いながら彼女の言ったとおり腰を下ろした矢先だ。彼女は凭れかかってきて、そのまま俺の唇に口付けた。ちゅ、ちゅ、と小鳥が啄むようなキスを繰り返しては時々舌先で俺の唇をつつく。口を開けとでも言いたいのか。
「っ、マスター、だめだ、」
 こうやって俺が止めようとする間も決して動きをやめない。そのうえ相手は病人で、力づくで抑えるわけにもいかない。いや別にしたくないわけじゃあない。彼女自身からの魔力供給はそれこそ甘露だ。自然回復分の魔力なんかとは比にならないくらい上質で、キス一つで三日三晩不休で戦えるってくらいのもんだ。けれども、彼女が現在こう病人である原因の一つは魔力不足だ。そんな状態でキスなんかしてもらっちゃあ彼女の治りも遅くなる。本来ならこんな風にくっついてるのも良くない。
 そうやってどうにか口を噤んだままでいると、す、と彼女が離れていった。諦めてくれたか、いやあ惜しい。彼女が病人でさえなけりゃあねぇ。
「へくとーる、は、わたしとちゅう、したくない、の?」
 ああいけない、これはいけない。自覚があってか無くてか、いや自覚が無いなら無いで困りものだが、ぽーっと蕩けた瞳に赤く火照ってイマイチ力の抜けた顔。そんな情事中に強請ってくるような顔で、ついでに涙目で上目遣いなんてどこで覚えてきたんだか。
「マスター、そういうことじゃなくてな」
 正直、したいと言わなきゃ嘘になる。だが彼女の身体のことを考えるとここは耐えるべきだろう。据え膳食わぬはなんちゃらと言うが、そんなこと言ってる場合じゃない。
「わたしは、ちゅうしたい」
っマスター!」
 押し殺すように言って、続けてつらつらと理由を説明していく。どうにか納得してくれよ、これで引いてもらわなきゃこっちが我慢できなくなる。
「だから、魔力足りてないのにそんなことしたら、!」
 最初はうんうん、と幼子のように頷いて聞いていた彼女も、少しべらべらと喋りすぎれば飽きてきたようで―しかしそれが裏目に出た。再び俺の口を自身の唇で塞ぎ、あまつさえぬるり、と舌を滑り込ませてきた。瞬間、濃厚な魔力が流れ込んでくる。ぞわりと項が粟立つようなその濃さに首を傾げる。はて、通常の何倍も高い濃度ではないか。
 どろり、とまるで親鳥が雛に餌をやるように絶え間なく口から注ぎ込まれていく。彼女の熱まで一緒に注がれているようで、頭がくらりとする。濃さも、量も尋常じゃない。拙くて(と言えば怒るだろうな)可愛らしい舌の動きが口の中をかき回していく。
 まさか。
 魔力不足だったのは最初だけで、そこからはずっと魔力過多だったとでも。いや十分ありえる話だ。先程の薬も多少の魔力増強剤は混ざっているはずだ。体調を崩して魔術回路が詰まってたってとこか。そこに魔力をつっこんだらそりゃあオーバーヒートしかける。
「っは、ヘクトール、ごめんなさ、い」
「…いや、いいんだマスター。それより楽になったか」
 少しは熱に浮かされた顔も冷めてきたようだ。額を触れば、先程よりも明らかにぬるくなっている。
「…もういっかい、」
「はいよ」
 はーあ、マスターが本調子になったらこき使ってもらわねえとな。なにせ俺のほうがオーバーヒート起こしそうなんだから。



「失礼するよ」
「ご苦労様。どうだった?」
 ごちゃっとした工房に足を踏み入れ、何やら作業中の女史に声をかける。
「ほぼ平熱。魔力過多で熱出してたようだぜ」
「ははあ、道理で君からあの子の魔力が漂ってくるわけだ!」
「は」
「あの子の甘ったるくて上等な香りが―それもいつもより濃厚だな。一体”何”をしてきたんだい?」
 にまにまと笑みを浮かべながら彼女/彼はそう尋ねてくる。
「はァ、まったく下世話なお嬢さんだねぇ…キスしただけだ。いつもより魔力が濃厚だっただけ」
「そうかいそうかい、それは残念だ」
「じゃあ俺はこれで。そろそろ眠りたいんでね」
 ひらひらと彼女/彼に手を振って工房を出て行く。
「いやぁ助かったよ、それと背後には気をつけたまえよ」
 なにせ君、一日中セックスしてたくらいあの子の匂いが染み付いてるんだから。その声にぞわりとしつつ、自室まではせめて無事でいたいもんだねぇ、とどこか他人事のように呟いたのだった。



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