寝入り端にひとつ。

「何読んでるんだ、マスター」
 ひょこ、と後ろから声が降ってくる。肩口から自分の読む書物を覗き込まれるのはあまりいい気分はしないが、別にいやらしいものを読んでいるわけじゃない。別にこれくらいは良しとする。
「イリアス」
「そりゃまたどうして」
 はあ、と特大の溜息が聞こえる。それもそうかもしれない、これは背後にいる彼―ヘクトールの話だから。
「んー…なんとなく…」
 本当になんとなく、だ。
 人類最後のマスターといえど、新しい特異点が見つからない今、一日のうち戦いへ赴くのはせいぜい数時間。魔術について学ぼうと身体を鍛えようと限界はあるので当然時間は余る。無為に寝て過ごすのも…と思ってカルデア内の図書館(みたいなところ。多分正式名称は他にあるはず)に赴いてみたのだ。そこには英霊たちに纏わる話や当時の文化についての書籍が大量にある。毎度毎度レイシフト先で出会う英霊について知らないことが多いのも悪いと思った…というか正直今仲間として戦っているサーヴァントについてすら知らないことさえある。というわけでたまたま手についた文庫本を借りてきた。上下巻かなりの厚みはあるが、まあ、他のものよりは幾分親しみやすそうだった。なにしろこれより分厚くて難しそうなものばかりだったので。
「えぇ…いいじゃんオジサンが戦って死ぬだけだよ?」
「そんなザックリ言わなくても…うわ」
 ひょい、と軽々しく抱きかかえられて(と言っても俵担ぎだ)、椅子に座っていたそのままの体勢でベッドの端に降ろされる。勝手に人の部屋に入ってきて何をする気だまったく。
「オジサンとしてはねぇ、そういうのオジサンが言うことだけ把握しててほしいの」
 隣に腰掛けてヘクトールはそう言う。
「喧嘩した子どもみたい」
「当然でしょ」
 同時にふっ、と笑いが漏れた。
「というわけで読書の時間はおしまい。マスターはもう寝る時間」
 本を取り上げられる。丁寧に栞まではさんでくれているあたり、別に読まれるのは嫌じゃないらしい。ベッド横のテーブルに置いて、枕のあたりをとんとん、と叩く。
「まだ読みたい」
「じゃあオジサンが寝物語に語ってあげるとするかね」
 のそのそと掛け布団をめくりベッドに入ると、隣に同じように寝そべろうとする彼。また添い寝コースかぁ、別に嫌じゃないけどね。彼の腕の中で眠るのは何故か安心できる…父性への憧れ?と考えが至るが、まあ考えたって仕方がない。なんだか、こんな命の危機を何度も味わってきて、それでも彼といる時はそんな恐怖をあまり感じずに済んだ。だからそれでいいじゃないか。
「じゃあ、ヘクトールのかっこいいとこ話してよ」
 ハートマークが付きそうなくらい甘ったるく言うと、返事代わり彼の手が背に回る。向かい合って寝ているので、おかげでぐっと彼との距離が近くなった。
「まったく俺のトロイアは」
 彼もまたハートマークが付きそうに私をそう呼んで、つらつらと話し始める。先輩も女の子なんですよ、とまたマシュに怒られそうだなぁと思いながらも、彼の話に耳を傾けるのだった。



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