なにせ恋する乙女ですし。
※終章ネタバレはありませんが終章後の話です。リツカ呼びがあります。
ピンクのスカート、お花の髪飾り。
…とはいかないけれど、いつもよりほんのちょっと違う装いに心が浮かれる。
礼装はいつもと同じもの。けれど口元には薬用のリップクリームではなく、うっすらと色が着いていい香りのするもの。タイツも下着も支給品とはいえど新しいものをおろした。そして横髪を纏めているのはいつものシュシュじゃなくて、大好きなあの人がくれたリボン。
「…かんぺき」
ふふん、と思わず笑ってしまう。
まるで憧れのドレスを着た幼子のように鏡の前で一回転。ふわりとスカートの裾が浮いて、回って刺激された三半規管と高揚感とにくらりと目眩がする。
なにせ今日は特別な日なのだから!
「おや、リツカちゃん今日はご機嫌だねぇ。今から朝ごはんかい?」
床から2センチ浮いたような足取りで廊下を歩む少女に声をかける。
「あ、おはようございます!はい、今日は一時間後にレイシフトなので」
自分よりも年下のこの少女はしかし、この施設において最も重要な役割を背負っていた。人理修復。多数のサーヴァントを使役し人類を、世界を救うという重すぎるオーダーを背負って、そして達成してしまった。彼女なしではこの世界は為す術無く消失していたのだからその重大さがわかるだろう。
「ふふふ、今日はですね、デートなんです!」
とは言っても彼女も年相応の少女だ。うら若き乙女、箸が転んでも可笑しい年頃。感情豊かによく笑うし、誰にでも明るく接しているし―恋もしている。それはもうこちらが恥ずかしくなってしまうくらい甘酸っぱくて、眩しいもの。
相手はサーヴァントの一人。彼女とともに数々の特異点を駆け抜けたのだから、信頼も寄せるし恋にも落ちるだろう。なんだかおかしな表現だがお似合いだな、と思う。方や過去に生きた英霊、方や今を生きる筆頭の少女。結果幸せにはなれないかもしれない。けれど、今幸せならそれでもいいかな、とも。普通の恋でも長く続くとは限らないのだ。
「デート?ああ、今日はあの人と一緒か」
「はい!だから今日はハッピー!なんです」
そう言って彼女は先程よりも更に数センチ舞い上がって眩いばかりに全身から幸せを振りまく。
眩しいけれども、彼女の発言が少しだけ影を落とす。
デート。彼女はそう言ったが、決してそんなものじゃない。今日のレイシフトは各地に残る特異点の残渣の後始末。彼女とその恋人のサーヴァントなら造作もないが、それは戦闘だ。決して一緒に観光を楽しんだり、映画を見たりというものではない。
可哀想だ。
彼女が救った世界なのに、世界各地の恋人たちが再びデートできるようになったのは彼女のおかげなのに、彼女は愛する相手と普通のデートをすることすら叶わない。
けれども彼女はそんなこと気にせず、戦闘をデートだと言って心の底から楽しみにしている。無邪気故にその悲壮感が際立って感じる。
「…気をつけろよ、俺も精一杯サポートするから」
「はい。それでは!」
彼女は軽くお辞儀をしてぴょこぴょこ食堂へ跳ねて行った。茜色のサイドテールが揺れて…あ、今日はシュシュじゃなくてリボンなんだ。きっと彼女を愛するサーヴァントが彼女に送ったものなんだろう。
「…リツカちゃんのことだけど」
管制室で同僚に声をかける。モニターの中では、戦闘を終えた少女とサーヴァントが仲睦まじく語り合っていた。
「彼女がどうかしたの?」
「あの子今日のレイシフトのことデートって言っててな」
「まあ特に今日は二人きりだし、たしかにそんなもんでしょう」
「でも可哀想ですよね」
「そう、そこなんだよ。一回くらい普通のデートして欲しいじゃねえか」
「あら、貴方にしてはいい思いつきね」
「自分も賛成です」
「でも彼女のことだから普通にデートに行って来いって言っても応じそうにないわね」
「そうなんだよなぁ_」
「…2010年代に特異点が生じたってことにして行ってもらえばどうです?もちろん何も異常ないところに、二人きりで」
「お、それいい考えだな」
「ふふ、じゃあ理想のデートでも聞いておくわ。今度彼女と女子会するから」
「(女子…?)ああ、頼むよ。俺はダヴィンチちゃんに協力を仰ぐよ」
「二人に洋服も選ばせないとですね」
モニターの中の二人はまだにこにこ幸せそうにしている。もうしばらく、このままにしてあげよう。
「…というわけで、調査に行ってほしいんだ」
数日後、夜のブリーフィング。
先日の管制室で話し合った作戦を決行する。
「ええと…これ日本の有名な水族館ですけど…」
少女は困惑してそう返答する。
それもそのはず、手渡した資料にレイシフト先として記載してあるのは彼女の行ったとおり日本の水族館。同僚が彼女から聞き出した理想のデート地だ。
「うん、本当に計測誤差程度なんだがね。だから今回は戦闘も予想されない、正真正銘の”調査”だ。同行するサーヴァントも一人で大丈夫だろう」
「なるほど…」
「それにこの前私服も買っただろう?あくまで観光客として潜入して、異変がないか調べて欲しい」
「わかりました」
至極真面目な返事ではあるけれど、ふわふわとまた彼女の幸福感が周囲に漏れ始める。同行するサーヴァントはもう一人しか浮かんでないようだ。
「まあ調査と言っても、真面目に捉えなくていい。異変があればサーヴァントが気付くだろうし、本当に息抜き程度と思って欲しい」
それってつまり?と彼女の顔に浮かぶので、ああそうだ、とゆっくり頷いてみせる。
「はい!」
「それじゃあ明日は、よろしく頼むよ」
封筒に入った二人分のチケットを渡して、じゃあ今日のブリーフィングは以上。そう言って席を立つ。
どうか彼女に人並みの幸福、いや二束三文、安っぽいラブコメのような甘酸っぱい恋愛を。一日くらい普通の女の子でいられますように!
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