花束と古傷

※マスターが複数のサーヴァントと関係を持っている描写があります


「こんばんは」

「おお、なんだ、こんな時間に。アレか?夜のお誘…待て待て悪かったから回れ右するな」

 律儀にインターフォンを押して、それから俺の部屋に入ってくるマスター。時刻は午後十一時を回ったところ。睡眠に重きを置かない俺たちサーヴァントならまだしも、マスターである彼女にとってはそこそこ遅い時間のはずだ。

「で、どうした。まさかこんな時間に俺と2人でお茶会なわけねぇんだろ」

「……相談があって」

 むすっとした顔を即座に戻して、彼女はそう言った。ああ、なるほど。自分で言うのも何だがそこそこ古参者の俺に、彼女は時折こうやって相談事をしてくるのだった。他に適任はいるだろうに、とは思うが、まあそこはそれ。絶対的信頼を置いている盾の嬢ちゃんにも相談しづらいことはままあるようだった。

「あの、治癒とかできたりする?」

「…まぁできないことはないが…アンタ自分でできるんじゃなかったか」

 う、と気まずそうに彼女の言葉が詰まる。確か他のキャスター達に治癒くらいは、と叩き込まれていたはずだし、軽い切り傷程度ならすぐに傷口を塞ぐくらいまではできるようになっていた。

「あー…いや、その。わたしじゃどうにもならないレベルのやつというか…傷というよりは傷痕なんだけど…」

「古傷か?一回傷を開いてから治癒かけるからそれなりに痛いだろうな」

 というかまず傷を見せろ。そう言うと、わかった、と二つ返事で部屋着のパーカーを脱ぎ始める。いやはや、自分の価値がわかっていないんだか何なんだか。止める間もなくスカートに黒のタイツまで脱いでしまって下着姿という、状況だけなら完全なる据え膳。こいつの思い切りの良さは好きだがここまで来るともはや人間味すら希薄だ。

「…これ、全部か」

 状況だけなら、と前置きをしたのは、彼女の身体が原因。東洋人の肌の色、発達途中と言えど女と断言できる程度の体型。そんな要素を全て無視できるほどの、傷痕、痣。夥しいほどのそれは、呪いじみた刺青のように彼女の身体に纏わりついている。すす、と手でなぞると歪な凹凸がよくわかる。魔術礼装から覗かない部分にしかないことから、いままで見えない部分の傷は自分でどうにかしてひた隠しにしてきたんだろうとまで邪推できる。

「恥ずかしながら」

 へへ、といつものように笑ってみせるが、痛々しさしか感じない。

「一部分ずつしかしねえが、それでいいか」

 いくら彼女が痛みに強くなってしまったとはいえ、流石にこれを一度にすべて開くのはできやしない。それこそ死にかねないし、そうなれば彼女の過激派ともとれるサーヴァント共が容赦しないだろう。つまり、俺が死ぬ。

「二週間でできる?」

「アンタの頑張り次第ってとこだ」

 二週間…と記憶を辿って思い出す。ああ、そういえば新しい礼装を女史が作るとか言ってたな。確か水着。それが丁度出来上がる頃合いだろう。「新しい礼装のデザインなんだけど」と彼女がサーヴァント共に聞いて回っていたのが先週だった。当然俺にもアンケートに来たわけだが…何故男連中にも聞いてしまうのか本当に謎だ。きわどい礼装になっても知らねえぞ、と忠告した記憶がある。

「あー、嬢ちゃんに見せたくないんだな」

 図星、と言った顔をする。心配症な後輩ちゃんに迷惑をかけたくないんだろう。なんとまあ美しき友情、信頼関係。

「まあ、請け負ったぜ。色々と準備があるんでな、明日からでいいか」

「ありがとう」

 にこり、と笑ってこちらを見上げる。なんでこんなに、抱え込んじまうかねぇ。

「ああそれと」

 服を着ようとしている彼女に声をかける。

「胸元の”それ”も消すつもりか」

 胸元の”それ”。他の傷痕に比べればかなり新しく、彼女の魔術でも完全に治癒できそうなほど薄く、放って置いても一週間そこらで消えてしまいそうな痣。せいぜい彼女の爪ほどのサイズしかない赤は、胸を中心に鎖骨、首筋と散らばっている。

「あ…いや、これは残しとく」

 悪意ある傷痕ではない。愛ゆえに、そして所有の証とまで言われるその痣は、他のサーヴァント連中がつけたものだった。
 彼女は背負い込みすぎる。失敗はすべて自分のせいだと言わんばかりに責任を抱え込んで自己を殺しているに等しい。サーヴァントに少しでも無理をさせたという自覚があればすぐに心配してやってくるし、魔力供給も、何の抵抗もなくしてやるのだ。望まれればセックスに応じるその姿は、どう考えても年頃の娘でもなければ、人間ですらないようだった。
 一応彼女を抱く彼奴らの弁明はしておくが、愛はある。愛はあるのだが、どうにも彼女に伝わっていないらしかった。こんなちんちくりんとセックスなんかしたくないんだろうなぁ、と俺の前でだけは呟くのだった。何せ俺は彼女からの魔力供給は経口摂取のみに留めているので。別に抱きたくないわけじゃない、これ以上の負荷は彼女にとって毒だと思っているだけだ。

「それにね、これがないと、生きてる感じがしないから」

 すり、と愛おしそうに鎖骨を辿るようにして痣を追っていく。

「そうか」

 もはや自傷癖の類だ。手首に醜い切り傷をつけるように、ふらふらと抱かれに行く。彼女はサーヴァント連中に魔力を与え、サーヴァント連中は彼女に生の実感を与え。なまじそれが必要とされているから判明しなかっただけだ。王やら神やらの血を引いているわけでもなく、世界を背負わされた彼女が何らかのカタルシスを得る行動を取るなんて数える程もない。少し考えればわかったはずなのに。

「じゃあ、また明日…今日よりちょっと早いくらいにお邪魔するね。おやすみなさい」

「ああ、おやすみ」

 ぷしゅ、と軽い空気音を立てて扉が閉まる。
 年相応な振る舞いなんて忘れてしまった彼女が、夢でくらい本来の姿に戻れますように。なんて、ったく俺らしくもない。



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