舌先で語る

「えっと…クー・フーリン、オル、タ…?」
 召喚して日が浅い彼…クー・フーリン・オルタをマイルームに呼んだ。別になんというわけでもなく、ただ召喚してすぐのサーヴァントはみんなこんな風にしていくつか話をするのだ。もちろん意思の疎通が難しい相手もいるけれど、まあそこは案外フィーリングでどうにかなったりする。こちとら伊達に人類最後のマスターやってないのだ。
 で、今回もそんな感じでどうにかするつもりだった。彼のクラスはバーサーカーだし話すことは難しいかもしれないけれどまあなんとかなるだろう、と。なにせちゃんとした言葉を発することができるのだから。
 しかしそんな安易な気持ちを見透かされたのか理由はさておき、私は彼に肩をがっしりと掴まれている。もちろん動けない。それに彼の尻尾(?)が私を彼に密着させるように腰をぐるり半周して先の部分は右の太ももに絡みついている。おかげで彼とぴとりと抱き合っているみたいにくっついていて、彼の顔を見るにはほぼ真上を向かなければならない。彼も私の顔―瞳と言ったほうがいいかもしれない―をまじまじ覗き込んでいて、まるで品定めされているようだ。彼の瞳と刺青の赤がちかちかする。さっきはなんとか彼を呼んだけれど正直こんな威圧感の中で喋れるほど図太くはない。じゃあもう選択肢は彼と見つめ合うしかない。ええい、こうなれば根比べだ、と腹をくくる。
「…根性だけはあるようだな」
 そうやってしばらく見つめ合って(と言えるほど甘酸っぱくはないけれど)、先に口を開いたのは彼の方だった。
「ど、どうも…」
 にへ、と少しぎこちないけど笑ってみせる。どんな状況であれ、新たなサーヴァントに認めてもらえたのは嬉しい。
「あの、できれば座ってお話したいんだけ、ど、!?」
 肩を掴んでいた彼の手が離れて安心したのも束の間、すぐに今度は顎を持ち上げるように掴まれる。もう片方の手は私の背に回って、余計に彼に抱きつくような形になる。いや、むしろ潰されているような感じさえする。相変わらず真上を向いたままだし、彼の手のせいで彼の顔以外を見ることができない。ここにきて初めて恐怖が追いかけてきて、思わず目を瞑った。
「…ん、んん!、?」
 それがきっかけになってしまったのかもしれない。ぐっと噤んでいた唇をぬるりと生温かいものが右から左へ辿っていった。これはまずいと目を開けると先程よりも近くに彼のぎらりとした瞳の赤があって現状の認識が遅れる。視線をほんの少し下へずらせばがぱりと開いた彼の口から長い舌が伸びている。覗いたギザギザの歯にぞくりとしたその瞬間に、口を塞がれた。柔らかい唇に少し驚いて、うっすらと一文字に唇を引っ張っていた力を緩めたら、そこからこじ開けるように舌が侵入してくる。抵抗する私の舌を押しのけて奥まで入り込んでくる。硬口蓋をじっとりなぞられてこそばゆい。笑い声が出るはずなのにちゃんと発声できないから、粗い呼吸音と母音だけの声になる。まるでいつか見た洋画のラブシーンのわざとらしい喘ぎ声みたいで変な気分になってしまう。
 そうだ、これは、そういった行為だ。愛し合う男女二人がするもので、レモン味なんて形容されるものだ。それなのに。数段飛び越して大人への階段を昇ってしまったみたいだ。甘酸っぱくて、どきどきして、そんなものだと聞いていたのに。
 相変わらず彼の舌は私の上顎を嬲っている。もうこそばゆいというよりは、おそらく、気持ちいいという感想のほうが大きかった。気持ちいいというのは未だにピンとこないけど、こんなにふわふわして今してること以外のことを考えられなくなるんだからきっとそうなんだと思った。
 何かに縋ろうとして、でも何も掴むものがなくて、上へと手を伸ばした。つま先立ちをすればなんとか彼の首へ手を回すことができた。彼は私に上を向かせる必要がないと判断したのか、顎を持ち上げていた手は外しもう片方の手と同じように私の背にやった。そうした後で、私からもっと、と強請っているような体勢になってしまったことに気づいて途端に恥ずかしくなる。
 その通り彼の舌は更に奥へと入ってきて、軟口蓋を突く。けれどそんなことお構いなしにどんどん下ってきて、舌の根をぐちぐちと辿られる。
「ふ、ぅ゛う…っ!」
 思わず嘔吐きそうになって視界が歪む。苦しそうな私を気遣ってかどうかわからないけれど彼の動きが止まる。安心したところに、熱いものが上から流れ込んでくる。どろり。彼の唾液が、彼の舌を伝って私の喉に直接流し込まれる。拒むこともできない。嚥下することすら困難で、でも彼はそれを望んでいるようで奥へ奥へとそれを押し込むようにしてくる。
「んぅ、っぐ、!」
 飲み込んだ拍子に瞳に溜まっていた雫がぽろりと溢れて幾分視界がクリアになる。相変わらず彼の瞳の色は煌々と赤い。いや、さっきよりギラついている。これは見たことがある。我々を食料だと認識して襲ってくる獣の瞳だ。
 途端に怖くなる。食べられる。とっくに逃げられない状態だった。ぶわ、と喉奥を舐られるわけでもないのに涙が出る。もう観念するしかないと思った。だって、すっかり酸素が足りなくて、思考回路は完全に心から乖離してしまっているのだ。
「…不味くはない」
 彼の声を聞いて、少し遅れて自分が解放されていることにやっと気付く。ずっとつま先立ちをしていて攣りそうになっている脚も気にせず、私は未だ彼の顔を見上げていた。
「…っは、ぁ…?」
 肩で息をする。
「魔力の話だ、もういいだろう」
 するすると私の腿を撫ぜていた尾がぐるりと先まで腰に巻き付いて器用に私をベッドに下ろす。そして私を一瞥して、彼はマイルームから出ていった。
「…おる、た」
 彼にひとしきり蹂躙された口内を確かめるように自身の舌で辿っていく。彼は、言ったとおり私の魔力を「味見」したのだろう。うっすらと倦怠感が募る。口の中はほろ苦い。彼の言葉を借りればこれが彼の「魔力の味」なんだろうか。いかにも彼らしい、と思った。それにただ語るよりも彼を知れたような気もした。だから、嬉しい。嬉しくてうるさいのだ、この心臓は。



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