お前死んでも

※マスター男女指定なし



「…世界を救えど所詮は人の子、か」

 そう言って男は盃を傾ける。透き通る金の髪に揃いの、金の盃。身に付けている大ぶりの装飾具までもが黄金のその姿は、星の光だけが射し込む窓辺でとてもよく映える。
 男の名は、ギルガメッシュ。英雄王と名高く、この世全ての財宝を所有するという、古代ウルクの王。サーヴァントという人の下にあれと設定付けられながらも、その振る舞いはマスターである人間が従僕であるかのように錯覚させる程だ。

「…不味い」

 彼はそう言葉を零す。酒の味ではない、肴にしようと思い浮かべたものについてだった。

 大層酷いものを見た。

 彼のマスターは歴史に名を残さなかった。
 ギルガメッシュを含む多くのサーヴァントと縁を結び、特異点と呼ばれた過去の異変を直接赴き解決したのだけれど。彼の治めたウルクを訪れたこともあった。そして大変に傲慢な理想を掲げた魔術王の目論見を打ち破り―見事この星をまるごと救ってみせたのである。勿論サーヴァント達の協力なしには行えなかった無理難題、しかし彼のマスターには協力しても良い、と思える魅力があったというのは、ギルガメッシュの言である。そして度々、強欲な、と彼はマスターをそう揶揄した。それもそうだ、何せ「魔術もろくに扱えない」「成人もしていない」「善性だけが取り柄」のマスターだったからである。偶然が重なり合ったにしろ、それは最早強欲以外の何物でもなかった。
 さて、話はその後のこと。前述の通り魔術界において何も持たないマスターがそんなことをしでかしたとあれば、黙っていない人々がいるのは当然だ。カルデアは彼のマスターの存在を捏造して報告したが、それでもひた隠しにするのは不可能だった。当然のように、調査をさせて欲しいと依頼が来た。彼のマスターはそれに応じた。音信不通になって三日ほどして、サーヴァントの多くが消滅した。理由は明白、彼のマスターが殺されたから。
 残った単独行動スキルを有するサーヴァント達の中に、彼のマスターを探そうとする者がいた。致し方ないと座に還る者もいた。漸く彼のマスターの「在処」が判明した頃には、ギルガメッシュを除くサーヴァントは尽く消滅していた。
 身体くらいは回収してやろうと、彼はその「在処」へ向かい―解体されバラバラになった彼のマスターだったものを見た。ホルマリンに漬けられた頭、胴体、手、足。小さな瓶に浮かんだ眼球。干されて萎びかけている指。思わず笑いが漏れた。傲慢にも我と縁を結び、我を凡百の英霊と並ばせ、弱いながらも駆け抜けたあのマスターが!闇市場の品物と何も変わらぬではないか――!
 彼は彼のマスターの全てをかき集め、即座にその場を後にした。関わった奴らを亡き者にしたいとは思ったが、その下賤な血で自らの宝具を濡らすことすら腹立たしかった。
 彼はマスターだったものをすっかり焼いてしまった。刻まれた彼のマスターを、普通の人間と同じにしてやるにはそれしか方法がなかったのだ。賢王としての彼ならば繋ぎ合わせることも出来ただろうが、それは些か冒涜の様にも思えたのだった。

 折角上等な酒が台無しだ、とは言っても代わりに肴になるものもない。空になった杯にまた酒を注ぐ。無色透明で、ほんの少しばかり微かな粒が見えるそれは、彼のマスターの出身地の名産品。以前自分の故郷について聞かれたマスターが「お酒くらいしか名物はないよ」と困ったように笑いながら言っていたのだ。勿論、彼が所有するアルコールに比べれば遥かに質は劣る。しかしながら、彼にしては珍しくそんなことはどうでもよいとまで思っていた。ある種の儀式に似たようなものだ。いくら粗悪品であろうとその条件、例えば材質や由来などを満たしていればそれで儀式が成立するように、大事なのは彼のマスターに関係するという点だけ。

「褒めてやろう、リツカ。」

 貴様は斯様な姿においても我を楽しませる才がある。

「そして光栄に思えよ、これが此度の現界最後の食事だ」

 悲劇のままでは終わらせまい、この英雄王とともにある不敬を許す。
 彼はまた杯を煽る。ざり、とした不快な舌触りを、愛おしそうに味わい、嚥下した。




 【お前死んでも寺へはやらぬ 焼いて粉にして酒で飲む】



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