カルデアに発情抑制剤が無い話

※オメガバース


 あつい。
 昨晩からずっと、リツカの脳内はそれに支配されていた。ただただ、熱い、暑い、あつい。肌は自分で触れてわかるほど火照っており、ベッド横の壁にぺたぺたと手をひっつけて冷やすもまさに焼け石に水、といった状態で気休めにもならない。それに加えて身体の中も燃えるようだ。中心で、石炭を焚いているよう。どこにそんなエネルギーがあるのか、もうどうにかしてほしかった。自分が炉で体力が石炭とでもいうのなら体力が尽きればそのうち冷えていくだろうに、もう体力なんてどこにも残っていないのに、ずっと、この状態だ。ああ、自分の身体が恨めしい。
 あついだけならば、夏にも経験した。けれども。中心で石炭を燃しているようだと表現したが、その中心が只管ずくずくと疼くのだ。丁度へそから拳一つくらい下。その奥が周囲より一層凄まじい熱を持って主張を繰り返している。子宮。まるで別の生き物のようで、更にそいつは飢えているのかだらだらと涎を垂らし続けていた。今まで何も受け入れたことのないそこが、まるでいつか映像で見た淫らな女性のようにひくんひくんと緩く震えている。雄の一つも知らないくせに、今まで一度の経験も無いくせに、穿ってくれと言っているようでみっともなかった。そして気を抜けばその欲望にリツカが負けてしまうようで、自分が嫌になる。

 いわゆる、”ヒート”だった。オメガ性に周期的に訪れる発情期。抑制薬は存在するのだが、丁度切らしていたのだ。カルデアという施設に来ることになったのが急なことだったため僅かしか持参できず、後々取り寄せましょうという話だったのだが、それも不可能になってしまった。カルデアは現在、孤立している。いや、カルデアしか存在しないこの状態で、土台無理な話だ。そのうえオメガ性というのはあまりに少数派で、更にエリート揃いのこの場所でリツカはただ一人のオメガだった。当然備蓄があるわけがないか、あっても僅か。オメガは保護される側だから仕方のないことだ。自分自身でも驚いている。オメガだというのに、適性があったばっかりに一人前の仕事を、任務を行っていた。周期は大体3ヶ月に一度。薬のお陰で風邪気味程度の体調不良で済ましていたものが、こんなにも恐ろしいものだとは。ヒートの経験はカルデアの来て数度目になる。
 マスターがこのような状態であるから、毎回臨時の休暇、ということにして数日レイシフトを休止する。職員の方々は完全に休みとはいかないが、サーヴァントたちは比較的自由にしている。執筆活動、トレーニング、シミュレーション、エトセトラエトセトラ。暗黙の了解のように、部屋に篭もるマスターのことは気にしないでいてくれているのだった。

「…う、だれ…?」
 シーツを被って蠢いていたところに、ポーン、と軽い電子音がする。部屋のチャイムだ。重大な用事ならタブレット端末に連絡が来るはずだが何も通知はない。ああ、緊急事態なのかもしれない。それだったらいけない、とふらつく身体をなんとか保ってドアへ向かう。ぺたりぺたりと裸足の足音が耳に響く。
 扉横のボタンを押し、ぷしゅ、とドアを開ける。マシュか…いや、マシュはアルファ性だから、きっとベータ性の職員さんだろう。ベータ性はオメガ性の影響を比較的受けにくい。
「なにか、ありました…か」
 まず見えたのは大きな影。男。そうして視線を上へと移していく。
「ぁ…ア、アキレウス、」
 サーヴァントの一人が立っていた。まずい、これは、本当にまずい。
 逃げなければ。彼を部屋に入れてはいけない。アルファ性の彼を、発情期のわたし(オメガ)がいる部屋に、入れてはいけないのだ。発情期のフェロモンは、どんなアルファでも狂わせる。影響が少ないベータであっても、余程の精神力でないと耐えられない。
 頭ががんがんするほど警鐘が鳴っているのに身体はへたん、と座り込んでしまって言うことを聞かない。
「やだぁ…はいってこないで、おねがい…!」
 それなのに、コツ、と靴の音をさせて彼は部屋の中へと進む。もう上体を起こしておくことすらできず見えるのは足元だけだ。頬に触れるリノリウムの床が心地よい。わたしの中心は先程よりも熱を孕んでいる。アルファが目の前にいるからだ。身体は本能に従順で、拒もうとする理性が間違っているようだった。
 ぐわ、と身体が大きく揺さぶられる。天井が幾分近づいた。明るい黄緑色が視界にチラつく。彼の髪がこんなに近い。抱きかかえられているのだ。わかった途端、どくどくと心臓が激しく鼓動を始める。呼吸が浅くなる。今のわたしより体温が低いはずの彼に触れているのに、触れたところが焼けるように熱い。
 とす、とベッドに寝かされる。彼はすぐ横に立っている。ああ、そうだ、そう。慌てて枕元に置いていたガードを手に取り首に装着する。うなじを噛まれないための、番になってしまわないための、最終防衛ラインだ。
「…アンタ、オメガだったんだな」
 まるで矢を放つような、一言だった。

◇◇◇◇◇◇

 今日、マスターを見ていない。今朝の緊急連絡で数日間の休暇を出され、おかげで自由時間となったのだが、周囲の英霊どもはマスターのことなど全く口に出さず各々の趣味に勤しんでいた。最早マスターに関するすべてがタブーであるような雰囲気さえ感じさせた。
 気づけば長く湾曲した廊下を歩いている。マスターのマイルームへ向かっていた。何かあってからでは遅い。
 当然のように、扉は施錠されていた。チャイムを鳴らす。暫く待って、ドアが開いた。部屋着に身を包んで、ふらつきながらマスターたる赤毛の少女は立っていた。風邪でも引いていたのか、と納得しかけた途端、ぶわりと甘ったるい香りが部屋から雪崩れてくる。これは、この香りは。思考に霞がかかったようになり、理性を引き剥がそうとしてくる―オメガ性の、発情フェロモン。
「ぁ…ア、アキレウス、」
 火照った顔を青褪めて、少女はよろよろと倒れ込んだ。せめてベッドに寝かせるべき。ギリギリのところで生きている理性はそう告げる。
「やだぁ…はいってこないで、おねがい…!」
 拒む彼女に心の内で謝りながら彼女を抱き上げ、ベッドへ下ろす。浅い呼吸を三つして、慌てたように首にプロテクターのようなものをおぼつかない手元で装着した。背中側だけ幅の広いチョーカーのようなつくりだ。噛まれないための防具だろう。
「…アンタ、オメガだったんだな」
 そんなマスターたる少女を、獣のように発情しきった少女を見てそう言った。軽蔑ではない。素直な驚きであった。

◇◇◇◇◇◇

「…っ」
 アキレウスの言葉が刺さる。そうだ、わたしは、オメガだ。人の上に立っていいような奴じゃない。多数の英霊ともなると、それはとんでもないことだ。彼らへの侮辱にあたるだろう。信頼も失われるかもしれない。失望されることは確実だ。
「っごめんなさい、ごめんなさい…みすてないで、おねがい、おねがいします、がんばるから…」
 うわ言のように繰り返した。自分の意志はほとんどない。本能レベルで口走っていた。剥き出しの本心。どうか、どうか。
「…」
 わたしを見下ろす彼は黙ったままだ。怒っているのか、呆れているのか―既にフェロモンにやられているのか。
「あ、ぅ、それと…わたし…はじめてで、できるだけ、っ痛くしないで、ください…」
 ああ、ああ、負けてしまった。リツカは、本能に抗えなかった。こんなことをべらべら口に出して、誘っているようなフェロモンを出して。はしたない女。冷静な自分がわたしを見下している。
 視界が暗くなった。ギシリとスプリングが軋む。アキレウスが、四肢でわたしを囲むように覆いかぶさっていた。
「…本当にいいのか」
 自分が乖離してもう嫌になっているわたしとは裏腹に、アキレウスはそう静かに問うた。静かにとは言っても、その目はぎらりと、アルファ性の”雄”の優位を示していた。逆らえないというよりは、逆らわない。種の存続という根本的な指示に忠実な本能は―英霊と生身の人間とでは子を成せないというのに―、こくりと一度、頷いた。


 アキレウスは自らのマスターを組み伏せるようにして見下ろしていた。本能に逆らえず自分の意志と関係なく誘惑を重ねる少女。それに素直に応じる自分。この部屋の中では獣に成り下がるしかないのだ―いや、人間だって獣なのだ。半分といえど人の血が混ざれば、例外なんて無い。
 最終確認に肯定を示した少女だったが、小刻みに震えていた。まだ破瓜の痛みも知らぬ少女に淫らな真似をさせるとは本能はなんと残酷なのだろうか。少しでも気を和らげてやろうと、アキレウスは少女の唇に自らのそれを重ねた。ん、と少しだけ驚いたような声が漏れ、受け入れるように僅かに口が開いた。ぬるり。リツカの小さな口に彼の舌が侵入していく。舌先を互いに触れ合わせ、絡ませ、そうして歯列を辿り、上顎を舐る。
「んぅ…っふ、!ぅ…!!」
 喘ぎ声とも吐息ともつかぬ声を漏らし、少女は口内のことで精一杯だった。何しろ初めての経験である。ぬるく柔いものが、口の中を蹂躙していく。こそばゆく思っていた部分も、何度も舌先で触れられるうちに甘ったるい声が出てしまうようになった。自分の着ている寝間着の釦がぷちりと外されてゆくのに気付く余地もない。
「っは、ぁ、っ」
 つう、ともうどちらのものともわからなくなった唾液が糸を引く。肩で息をする少女が呼吸を落ち着ける暇もなく、するりとアキレウスの手が少女の胴を撫ぜていく。すっかり開けさせられた胸、腹、腰。緩く触れただけでびくりと跳ねるその様子に、彼は口角を釣り上げた。
 やわやわと大きめの胸を掴むようにして触れ、頂きに指を掠める。それだけで少女からは悲鳴ともとれる声が響く。
「あ、あぁ、んん…っふ、ねえ、はやく、」
 やめてと懇願するでなく、少女はその先を望んだ。情緒も何もない、と嘲笑して、アキレウスは少女の腰を撫ぜ、すっかり下着を取っ払ってしまった。交尾にそれ以外の何を求める、快楽だけしか存在しないだろうに。
 アキレウスは少女の股座に指を滑らせる。滑らせた。あとは受け入れるだけです、といわんばかり、そこはしとどに濡れていたのだ。もう赤くなる余地もないだろう頬を更に染め、少女は羞恥に顔を覆った。ちゅる、とすっかり勃起した陰核を擦られ、少女は激しく腰を痙攣させた。腕で覆ったはずの視界には白い星が飛ぶ。ぬちり、と音がして彼の人差し指が膣内に入っていく。アキレウスは圧迫感に顔を顰めた。生娘のそれである。どんなに発情しようと、流石に痛みが勝るだろう。指を中で屈伸させて解していく。その間にもリツカはバチバチと全身に走る電流に苛まれていた。
「っあ…ああああ、ぅ、んんん、!」
 漸く彼の太い指を2本飲み込めるようになる頃には、少女は既にどろどろに蕩けていた。快楽だけしか感じられない。汗のせいでひやりと感じる空気ですら、彼女に甘美な痺れをもたらしていたのだ。
「…いいか」
 指をずるりと引き抜いて、アキレウスは呟いた。確認の形式を取ってはいたが最早宣言である。リツカはそれでも頷いた。ごく、と喉が鳴った。とろとろに蕩けきった、けれども幾分アキレウスのそれを受け入れるには苦しそうな様子の淫らな穴に、彼は自身の先端を擦りつけ、ゆっくりと挿入していく。
「ぅ…っは、ぁ…い、!!!」
 顔を顰めた。リツカは自らを貫かれるのはこんな気分なのか、とどこか他人のようにその苦痛を味わっていた。ぶつりと中が裂けていくような痛みは快楽では消せない。けれども、それを遥かに上回るだけの幸福感がそこにはあった。オメガなんて子を生むためのものなのだ。それを裏付けるように、今まで感じたことのない幸福をリツカは感じていた。
 こつん。最奥に当たり、侵入が止まる。アキレウスは短く息を吐いた。
「大丈夫か」
 ぽーっとした蜂蜜色の瞳がこちらを見上げ、その問いに少し遅れて頭を縦に振った。
「っきもちいいの、だけ…しあわせ、です」
 にへ、と雌の笑みを浮かべるリツカに、アキレウスはああもう抑えねえでいいや、と思考を放棄した。
「っあき、れうす…っ!や、ぁ、あ゛あーっ
 ごちゅん、と子宮口を抉じ開けるような乱暴さで突き上げられ、呻きのように少女は喘いだ。一つ突き上げられるごとに絶頂を迎えるような、そんな感覚だ。びくびくと膣は痙攣を続け、それでも彼は止まってくれない。抱きすくめられ耳元で響くアキレウスの吐息に目を回しそうになる。きゅうう、と子宮が悦ぶように甘く疼く。ナカは先程からずっと種を欲して蠕動している。もうわけがわからなかった。感覚を全て快楽で支配されて、それでもまだ快楽が余る。
「は、ぁ…っぐ…!」
 噛み殺すような、獣の小さな呻きが耳元で聞こえ、一瞬遅れてリツカの中を穿つ肉棒がどくどくと脈打った。彼は腰をゆるゆると揺らし先端を子宮口に何度も擦りつけるようにして種を奥へ塗りたくる。全身が欲していた白濁に、少女は全身が甘く痺れていくような感覚をおぼえた。
「ぁあ、ぅ…あ゛ー…
 母音だけを発するようになってしまった少女の口では、アキレウスを止める力もない。未だ興奮の収まらない彼が彼女の声だけで止まるわけもないのだが。
 ああ、まさに獣の交わりだ。どちらともなくそう思いあたり、は、と嘲笑を少し漏らし、再び快楽に溺れていった。

◇◇◇◇◇

 全身が怠い。
 まず目覚めて感じたのはそれ。次に、身体の火照りが収まっていることに気づく。はて。最低でもあと三日は続くと思っていたのだけれど…とリツカは考えて、自分が眠ってしまう前を思い出した。
「わたし、わたし、」
 そうだ、アキレウス。彼と、わたしは。顔を赤らめたら良いのか、青ざめたら良いのか。いやうなじのガードは外れていないし取り返しのつかないことにはなっていない…と思いたい。
「起きたか」
 プシュ、とドアが開き件の彼が姿を現した。思わずシーツで顔を覆う。一体どんな顔で接すればよいのか。あんな、発情しきったわたしをさらけ出しておいて。
「一応水と粥だそうだが…食えるか」
「…お水を頂戴…します…」
 彼から受け取り、こくりと飲み下す。枯れてしまった喉にしみるようだ。
「…あの、その、迷惑を、おかけしました…」
「いや、そりゃあこちらこそ、だ。事情も知らず来て悪かったな」
 彼の姿を視界の端にもうつせないまま少女は黙りこくる。真正面からの言葉にどう対応すればよいかわからないのだ。
「…見捨てやしねえよ」
 ぽつり。沈黙を破るようにアキレウスはそう言った。
「え」
「アンタがオメガだろうが、別に気にすることでもなし。今まで通り、指揮を頼む、マスター」
 少女は漸くアキレウスの顔を見た。屈託のないその表情から少女は目を離すことができず、ありがとう、と伝えそのままぽろりと涙を零した。
「これからもよろしくお願いします、アキレウス!」
 泣きながら笑うマスターの差し出す手を握り、アキレウスは応、と返した。



 …アキレウスが他のサーヴァントに尋問されることになるのはまた別の話である。



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