「花」

二階の自室に上がる途中に珍しく蕾に名を呼ばれた。私はゆっくりと一度息を呑み蕾を見詰める。

「、なに?」
「シカマル君と別れたの?」
「うん」
「やっぱり別れてたんだね」
「蕾は、ネジ君と上手くいってるの?」
「花に私とネジの事なんて関係ないじゃない。そんなに私とネジが気になるの?」

蕾は私を見て笑う。自分の頬が火照るのがわかった。

「そんなんじゃなくて!ただ、」

こともなげに蕾に言葉を遮られる。

「花のそういう目が腹立つのよ。自分は被害者です。助けて下さいって感じの目」

薄笑いを浮かべていた蕾の顔が急に真顔に戻る。違う。私はそんな目なんてしていない。

「そんな事ない!」

怒りで体は奮え目からは涙が零れた。

「直ぐそうやって泣く。見た目は前と変わっても、やっぱり中身は前と何も変わってないじゃない」

蕾は私の耳元で弱虫、と呟く。

「違う!」

叫んだと同時に蕾の肩を強く押す。

「なにすんのよ!痛いじゃない!」

蕾に背を向け、走る。

「逃げんな!」

背中で聞こえる蕾の声を振り切って、家を飛び出す。

家から少し離れた公園の金網に体重を預け、息を整える。ふと空を見上げると夕焼けが凄く綺麗で、何処にも行き場の無い気持ちとで、また涙が零れた。

「花」

名を呼ばれると同時に、優しく肩を叩かれる。

「やっぱり花か。どうして一人で泣いてるんだ?」
「痛いの」
「痛い?」

ネジ君が私の横に並ぶ。きっと、またシカマルが私を助けに来てくれて「全部、冗談だから」と言って何時もの様に優しく私の頭を撫でてくれて仲直り出来るんだって心の何処かで、まだ期待していた。

けれど、今シカマルは私の隣にはいないし、私が涙を流している事もシカマルはしらないのだろう。

「何処が痛いんだ?大丈夫か?」
「だいじょうぶ、なんかじゃない」

そこまで言って、私は何かの糸がプツリと切れた様に、まるで子供みたいに泣いた。

これでは蕾が言った通り、私は弱虫だ。それでも涙は止まらなかった。

「花」

ネジ君が私の前に回り込む。その表情は硬くて、私は無意識に半歩後ろに下がった。

「俺が花を守るから。ずっと花を守り続けるから」
「ネジ君の事は好きだったよ。けど、今の私に必要なのは、」
「シカマルは花を捨てたじゃないか!」

違う。捨てられてなんかいないのだと否定したいけれど言葉が出てこない。出てくるのは涙ばかりだ。

ネジ君の体を押しのけて離れる。けれど腕を捕まれて、振り払うつもりが思いの外、力は強くて。

「離して」

叫んだと同時に肩を抱かれた。


嗚呼、君はもういないんだったか

瞼を押し上げて、揺れる景色の中に君はもういない。


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